佐賀の町で守り受け継がれた唯一の技法のメイン写真 佐賀の町で守り受け継がれた唯一の技法

所在地:
佐賀県佐賀市道祖元町106
最寄駅:
佐賀駅から2km(徒歩27分)

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  • 業種

    自然・伝統・工芸品・特産品 / ものづくり(製造)

  • 独立・引き継ぎの想定時期

    3年~

硝子を操り歴史を紡ぐ

佐賀の町で守り受け継がれた唯一の技法のメイン写真
佐賀の町で守り受け継がれた唯一の技法のメイン写真
佐賀の町で守り受け継がれた唯一の技法のサブ写真1
佐賀の町で守り受け継がれた唯一の技法のサブ写真2

硝子を操り歴史を紡ぐ

幕末の時代、佐賀の地から全国へと広まったガラス工芸「肥前びーどろ」。
私たちの周りにはさまざまなガラス工芸があるが、知っていることと言えば名前だけでその工芸品たちの歴史まではほとんど知り得ていない。
古き良き伝統文化を絶やさずに受け継いでいく為には、技術だけではなくその歴史までを学ぶべきではなかろうか。

全国で唯一の「肥前びーどろ」を作る工房『副島硝子工業』。轟々と燦めく窯の前に立ち1000度を越える硝子を操る姿はまさしく職人だ。
「肥前びーどろ」の技術を学び歴史を知り、未来へ繋いでいく新たな担い手となるのはいかがだろうか。

歴史と伝統が根付く街

緑鮮やかな田園風景と街中に広がる水路。真夏の日差しを肌にひしひしと浴びつつも、街中に伸びる水路がまるで打ち水のようでどことなく涼しさを感じる。
モダンチックな雰囲気を感じる大通りから一歩奥に入り込むと、のどかでどこか懐かしさを感じる景色が視界いっぱいに。
吉野ヶ里遺跡や有田焼など、日本の歴史を伝統を有する佐賀県は、現在(いま)と過去(むかし)が共存しているのだ。
佐賀城跡が見える街の小路に入ると『副島硝子工業』が見えてくる。100年以上この佐賀の地で硝子と向き合ってきた副島硝子にはいったいどんな歴史があるのだろうか。

残していくべき伝統文化

お店に伺うと、社長の副島太郎氏をはじめ、社長の奥様や従業員の皆様、さらには人懐っこい看板猫まで総出で出迎えてくれた。
心地良い歓迎を受けた次に目に入ったのが「肥前びーどろ」のギャラリーだ。『副島硝子工業』の職人たちがこれまで作ってこられた数々の作品が並べられている。焼物とはまた違った美しさで、清涼感を感じる。
佐賀の地で受け継がれてきた「肥前びーどろ」だが、このガラス工芸を作っている工房は全国で唯一『副島硝子工業』だけだ。

「外は暑かったでしょ。」と奥様が冷たく冷えたお茶をおもてなし。「肥前びーどろ」で作り上げられた美しいグラスはお茶の透き通った緑を、より一層美しく見せてくれる。目と喉で涼しさを味わうと身体の熱がスーッと引いていく。

伝統を守り時代に適応

「コロナの影響はかなり受けています。なんとか回復させようとしてるんですけどね。」
やはりコロナの打撃はこちらにも及んでいるようだ。コロナが広まる前まで定期的に開催していた催事も、全て取り止めとなってしまった。
「肥前びーどろ」も含めさまざまな工芸品は、生産コストに対して販売価格が見合っていないことが多い。数十万する高額商品が売れないとなかなか利益が出にくいのだそうだ。

「中国の富裕層はちゃんと良いものを作れば買ってくれますよ。」
社長のその言葉で、伝統産業の未来もお先真っ暗ということではないな、と安堵できる。『副島硝子工業』もワールドワイドな市場展開を画策しているようだ。

過去を学び伝えていく

そもそも、なぜ佐賀の地でガラス工芸をしているのか?という疑問があるが、『副島硝子工業』の歴史について社長が語ってくれた。

 「幕末の佐賀藩精錬方にうちのじいさんが弟子に行ってたんです。」
『副島硝子工業』は幕末の時代、佐賀藩によって設置された精錬方がはじまりだ。佐賀藩10代藩主、鍋島直正公をはじめ佐賀の7賢人たちによって、ガラス器物の製造が行われていたその精錬方に太郎氏(現社長)の祖父、副島源一郎氏が弟子入りをしたのだ。
源一郎は精錬方の責任者である佐野常民や大隈重信らから大変可愛がられ、釣りに付いていったり机やベルトなどをもらっていたそう。源一郎は精錬方の要職を担い、のちに独立し副島硝子工業所を設立。
佐賀藩精錬方を起源にもつ『副島硝子工業』は精錬方直系の吹きガラス工房という貴重な歴史を持ち、佐賀の重要無形文化財にも定められた。

近代化の波と独自性

佐賀藩精錬方を起源にもつ『副島硝子工業』はもともとは文化芸術品は作っておらず、ビーカーやフラスコなど実用性の高いものの製造がメインだった。
創業時は順調だったようだが、徐々にオートメーション技術の発達によって苦戦していくようになってしまった。

「うちもオートメーションにしようとしたけど、手作りにこだわって独自の色を出すことにしたんです。」

技術の進歩は目紛しく、あっという間にオートメーション化が広まっていった。その中で手作りにこだわり続けることはとても大変なことだろう。
しかし、その決断があったからこそ今日に至るまで残り続けたのだ。まさしく英断である。結果、今や全国唯一の「肥前びーどろ」を作る工房となった。

紅く輝く工房の窯

今までの軌跡を聞いて、俄然「肥前びーどろ」に興味が湧いてきた。
「工房はとっても暑いですよ。暑さにやられて職人を諦めちゃう人もいるくらい。」
しかし百聞は一見に如かず、実際に見るからこそ伝わってくるものがある。
工房に近づくと轟々と燦く窯が徐々に見えてきた。美しさすら感じ魅了されてしまう、がしかし全身を襲ってくる熱波。衣服を着たままサウナの中にいるような感覚だ。この暑さを感じながら、一日中仕事をするとなると想像以上に過酷だろう。

想像以上の暑さに驚きつつも「肥前びーどろ」作りを見学させてもらう。
「肥前びーどろ」は型を使わず空中でガラスを吹き成形する「宙吹き」の技法を用いる。熱々のガラスを操りあっという間に作り上げる様は、素人ながら惚れ惚れする。

職人までの長い道のり

現在、『副島硝子工業』には男女1名ずつ2名のガラス工芸職人がおり作品を作っている。
職人歴10数年の藤井氏にお話を伺うと、女性の方は奥様とのこと。ご夫婦でガラス工芸職人とは、なかなか格好良いものだ。
夫婦円満の秘訣なども聞きたいが、仕事について伺っていく。

「何年やっても失敗することはありますよ。だけど目に見えて成長を実感できるのでやりがいはありますね。」
ある程度の技術を習得するまでに、最低3年はかかるといわれるガラス工芸職人の世界。そこから自分の思い通りの作品を作り上げるには努力と研鑽を怠ってはいけない。夢半ばで諦めてしまうこともあるだろうが、常に高みを目指せるというのはやりがいを感じる。
工芸品を作る仕事だから芸術的センスも問われてくるが、1番大事なことはやり続ける根性、なのかもしれない。

新たな伝統工芸士へ

職人が一から十まで手がけ汗水流して完成させた作品は、この世に同じものがふたつとない。決して安い値段ではないが、一つの作品が出来上がるまでの工程を考えるとむしろ安いとさえ思えてくる。ただ作品を見るだけでなく、その作品の背景にまで想いを馳せてもらえると職人冥利に尽きると言えるだろう。
数百年にわたって受け継がれてきた歴史の担い手となるには、想像を越える困難を伴うであろう。しかし、お金では買えない誇りと名誉を得られるはずだ。

基本情報
  • 事業所名/屋号

    副島硝子工業 株式会社

  • エリア

    佐賀県

  • 募集要項

    数百年の歴史を持つ「肥前びーどろ」の技術を受け継ぎ、ガラス工芸職人として作品を制作していただきます。

  • 独立・雇用の形

  • 独立・引継ぎの想定時期

    3年~

  • 事業継続期間

    20年以上

  • 駐車場

    無料 台

  • 最寄駅

    佐賀駅から2km(徒歩27分)
    鍋島駅から3km(車で 7分)
    バルーンさが駅から4km(車で12分)
    久保田駅から6km(車で17分)

  • ホームページ

  • 業種

    自然・伝統・工芸品・特産品 / ものづくり(製造)

  • 引継ぎ/応募対象者条件

    募集職種:工房スタッフ(吹きガラス職人)
    募集年齢:〜64歳
    学歴:不問
    必要な経験:未経験者歓迎(吹きガラス歴2年以上あれば優遇します。)
    必要な資格:免許・資格不問
    給与:(技術習得後の能力によっては月給50万も可能)

  • 事業沿革(開始からの経歴)

    明治36年4月・・・・副島硝子工業所として創業

    昭和58年1月・・・・副島硝子工業株式会社として法人設立

    平成5年4月・・・・・佐賀市重要無形文化財として指定される

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