”人と犬が楽しく快適に暮らすためのサポートを”さくらっく新免友貴恵さん

2023年4月、福岡県田川市伊田にオープンしたのは、犬の保育園「さくらっく」。
代表を務める新免友貴恵さんはこれまで17年以上、犬と接する仕事を続けてきた。
犬を家族として迎え入れるのが当たり前になっている今、「しつけインストラクター」の存在は欠かせないものとなりつつある。
新免さんはどのように犬の緊張をほぐし、より”犬らしく”、それでいて飼い主と上手に暮らせるよう取り組んでいるのだろうか。
普段の活動や仕事に対する信念など、奥深い話をいろいろ聞いてみた。
強みは「犬のしつけインストラクターと動物看護師」この2つの視点でアドバイスができること

まずは新免さんの経歴を尋ねた。
「もともと私は災害救助犬の訓練士になりたくて、専門学校に進学しました。日々勉強に励むなか、当時飼っていたゴールデンレトリバーが体調を崩して、動物病院に連れて行く機会があったんですね。そのとき、私は犬の体のことをよく知らないということに気付きました。と同時に、私が尊敬していた講師がいつも言っていた、『犬が健康体でないとトレーニングを進めてはいけない。だから犬の体のことを知るべきだ』ということを思い出したんです。そこで意識を変え、専門学校を卒業してすぐ訓練士になるのではなく、まずは動物病院に就職しようと思いました。卒業後は、犬のしつけにも力を入れたいという考えがある動物病院に就職し、働きながら動物看護師の勉強をして資格を取りました」。
犬のことを深く考えた結果、しつけインストラクターと動物看護師の”二刀流”になった新免さん。
動物病院にはパピー教室があったそうで、そこからさらに成犬へのしつけに対して興味が湧いてきたという。
「パピー教室を卒業しても、飼い主さんには新たなお悩みが出てきます。そこでいろいろな相談を受けていると、『成犬のトレーニング方法をもっと学びたい』と思うようになったんです。そして動物看護師の経験を活かしたトレーナーになるべく、新たな出発を決意しました」。
そこから新免さんは、自身の知識と経験をさらに拡げていく。
「ちなみに当時勤めていた動物病院で行っていたトレーニングは、犬を褒めて育てる方法だったんですね。日本動物病院協会(JAHA)が認定する”家庭犬しつけインストラクター”がそのやり方です。JAHAでは「動物行動学」も学び、理論的な考えを持つトレーナーを育てることをめざしています。そうすることで、人も犬も楽しいしつけ方が身につくんです。私が専門学校で学んだトレーニングとは真逆のやり方なんですが、犬を褒めて育てる方法に感銘を受けて、ぜひ世の飼い主さんに広めたいと思いました。そして、パピー教室に来てくれていたしつけの先生との出会いにより、さらに私の「トレーニング人生」が深化していきます。しばらくして動物病院を退職し、そのしつけの先生の元で本格的に学びました。それから10年以上経過し、独立も視野に入れながら活動を続けていると、さくらっくを立ち上げるきっかけになる出来事があったんです」。
さくらっくの立ち上げ

ここで、『さくらっく』をオープンした経緯を聞いてみた。
「私には、いつか独立したいという夢がありました。でも、独立するタイミングがわからず……。そんなとき、さくらっくを立ち上げるきっかけとなったのは、以前勤めていた動物病院のパピー教室に通ってくださっていた飼い主さんの、『ドッグランを作りたい』というご相談でした。話をしているうちに、『どうせやるならもっと本格的に、いろんな飼い主さんが楽しめる場所にしよう』と広がっていき、ドッグランに併設して私が犬の保育園をすることになったんです。当時、ちょうど私が飼っていたゴールデンレトリバーが亡くなった時期と重なり、なんだか背中を押された気がしましたね。なので思い切ってやってみることにしました」。
保育園を『さくらっく』と名付けた理由はあるのだろうか?
「子どもの頃に飼っていたのがゴールデンレトリバーの”さくら”でした。当時はほぼ父親がお世話をしていたので、今度飼うときは自分でゴールデンを育てたいと思って飼ったのが”ラック”です。2頭の名前を取って『さくらっく』にしました。さくらは私が犬の仕事をするきっかけになった子で、ラックはたくさんの犬と飼い主さんを支えてきた子です。2頭の力も借りながら、この仕事を続けているような気がします。ちなみに意識していなかったのですが、2頭の名前がしりとりになっているんですよね。また、『幸運が花咲く』という意味もあるんですよ。気づけば『さくらっく』にはいろんな意味が込められています」。
新免さんの思いがたくさん詰まった『さくらっく』だということがわかった。
吠えないことが当たり前のトレーニング
ここで確認しておくべき、普段新免さんが行っている「褒めて育てる」犬のトレーニングとは?
「犬が人間にとって好ましい行動をしたときに、褒めたりご褒美をあげたりして良いところを伸ばしていくのが”褒めて育てる”トレーニングです。犬の成長は早いですから、子犬を迎え入れたその日からトレーニングは始まっていると思っていただきたいですね」。
確かに、子犬を迎えてすぐにトレーニングを考える飼い主は少ないかもしれない。
「飼い主さんあるあるなのですが、『今まで吠えなかったのに吠えるようになったからしつけお願い』と言われることがよくあります。でも実は、吠え始めてからでは遅いんです。まさに”吠えない時期”に褒め続けて、ワンちゃんに『吠えないといいことがある』と覚えてもらうことが重要なんですよ。吠えだしてから吠えないようにさせるのは時間と労力がかかりますし、みんなにとってストレスです。それよりも、吠えない状況が望ましいならその時点で褒めて育てていくほうがスムーズですよ。そういった理由もあり、犬のしつけは早ければ早いほどうまくいきます」。
犬の問題行動が起きる前に褒めて育てるという、予防の意味も込められているトレーニング方法である。
しかし、褒めるばかりで本当にしつけができるのだろうか?
「褒めて伸ばしていく方法が多いのですが、飼い主が求める行動をしないときは『それは違うよ!』と、犬に行動修正を行います。たとえば、人が好きなワンちゃんが喜んで人に飛びつくことがありますよね。その場合飛びつかないことを伝えたいので、飛びついた瞬間私たち人間側は背を向けて、ワンちゃんの対応をしないようにします」。
犬は楽しいと思ってやっていることでも、人に無視されると「あれ?どうして?」と思うようだ。
「褒めるだけでは伝わらない部分もあるため、その時々でワンちゃんに合った方法を分析し、飼い主さんも一緒にできる方法をお伝えしています」。
犬のしつけと同じくらい大切な「飼い主とのコミュニケーション」

犬のしつけと言えど、飼い主とのコミュニケーションも大切なのではないか?と思い、尋ねてみた。
「そうなんです。飼い主さんとのコミュニケーションは非常に重要です。加えて、飼い主さんの家族構成やライフスタイルなども加味した上でのトレーニングを提案することが大切です。人と犬、両方が無理なくストレスもない生活を送るにはどうすればいいか?これを考えるのは難しいですが、インストラクターとしての腕の見せ所ではないでしょうか」。
マニュアル通りの方法ではなく、臨機応変に対応できるところが新免さんが多くのリピーターを抱える理由でもある。
「最近は、心理学を学んで人に対する勉強もしようかと思っているくらいです(笑)結局、普段の生活で飼い主さんがどうワンちゃんと接するかによって、トレーニングの結果が変わりますからね。飼い主さんがどう思っているのか?どこをゴールにしているのか?これらをしっかり読み取って対応するために、犬以外の勉強も必要ですね」。
犬のしつけインストラクターといっても、犬だけのことを学べばいいわけではないことがよくわかる。
「犬だけに集中してもダメですし、かといって人の言うことに耳を傾けすぎると感情に流されてしまうんです。なので、いかに中立の立場を保つかが難しいところですね。飼い主さんと犬の両方に寄り添えるよう、日々勉強しています。中でも特に配慮しているのは、飼い主さんへの伝え方です」。
犬と飼い主を尊重した伝え方をすることで、全員が幸せになる方向に向かいやすいという。
いかに飼い主に理解して受け入れてもらえるか、それも非常に重要なポイントなのだそう。
「仕事から離れて、いち”飼い主”として犬と関わりたい」そう思った時期もあった
この道一筋、といった印象の新免さんだが、これまでに挫折や苦労はあったのだろうか。
「昔、仕事で犬と関わることを辞めて、一旦普通の飼い主に戻りたいと思うことがありました。私なりに『ここまでしてあげたい』と思ってもうまくいかなかったり、飼い主さんとのコミュニケーションが難しかったり……。そのため、この状況から一度離れてみようかなと思いましたね。本当に精神的に疲れていたんでしょうね(笑)」。
それでもここまで続けてきた理由は?
「結局、気づいた時には『あのワンちゃんは今おとなしくしているから褒めてあげよう』とか『今度はあんな風にしてみよう』など、しつけインストラクターとしての思考から離れられなかったです。なので、やっぱり私はこの仕事が好きなんだなと思いました」。
新免さんは、なるべくしてなった「しつけインストラクター」なのだ。
犬と飼い主とトレーナーがつながることがやりがい

新免さんに、仕事のやりがいについても聞いてみた。
「トレーニングをしたことがワンちゃんに伝わり、飼い主さんも受け入れてくれるところにやりがいを感じますね。全員の理解がつながり、飼い主さんから『ワンちゃんと過ごすことが楽しい』『可愛くて仕方ない』というお声をいただくと、すごくうれしいです。また、飼い始めた当初はあまり乗り気ではなかったのに、トレーニングを重ねるごとにどんどんワンちゃんが可愛くなって、今では溺愛している飼い主さんを見ると微笑ましいですね。そういった方たちを見るのが、この仕事の醍醐味と言っていいかもしれません」。
犬と飼い主が幸せそうに自宅に帰っていくのを見ると、心から安心するという。
信念を曲げずにこれからも邁進していく

常に犬と飼い主のことを考えている新免さんが貫いている信念とは?
「”動物看護師の視点を持ったインストラクター”という強みを活かし、しつけだけではなくワンちゃんの体調にも常に目を向けていきたいですね。ワンちゃんの心と体の両方が健やかに成長できるようサポートすることが、私がこだわっているポイントです。言うことを聞かせようという思いでトレーニングをするのではなく、必ずワンちゃんの体調を気遣って寄り添うことが大切です。なので、ワンちゃんがどんな性格でどんな特性があって……ということをじっくり観察しながらトレーニングを進めます」。
そこには、新免さんが専門学校時代の恩師から学んだ教訓が活かされている。
自身の仕事を通して、「犬のトレーニングは当たり前」の社会になることをめざす
犬のしつけを通して、人と犬が共生する社会がどう変化することを望むのだろうか。
「子犬を飼ってまずは動物病院に連れていくのは、大体の飼い主さんの認識としてあると思います。ただそこから、しつけをするという意識まではまだまだ定着していません。いかに子犬の時期が大切かということが、飼い主さんたちに浸透していないんです。なので、飼い主さんがしつけインストラクターとつながり、トレーニングするのが当たり前という世の中になってほしいですね」。
犬は家族だからこそ、快適に過ごすためのトレーニングは必須なのだ。
同じ志を持った仲間が増えてほしい

新免さんが”一緒に働きたい”と思う人物像について聞いてみた。
「私はこれまで、専門学校からの実習生をたくさん見てきました。みなさん、本当に犬のことが大好きで将来有望な学生さんが多いです。そして、持って生まれたコミュニケーション能力の高さに関心させられる学生さんもいます。そういった人たちと、今後一緒に働けるといいですね。今は私は一人でやっていますが、今後は後任者を育てることも考えています。若い世代の人たちに、もっと私の活動や理念をシェアしたいですね。たとえば『ワンちゃんに優しく接してくれる人』『力ずくでワンちゃんに言うことを聞かせようとしない人』などが挙げられます」。
今後トレーナーを目指す人は、どういう点を意識するといいのだろうか?
「まずは犬という生き物をよく観察して、楽しんでトレーニングを学んでもらいたいです。トレーナーになるからといって『しつけをしなきゃ』と思うのではなく、目の前の子が本能的にどういう動きをして、どういうことを好むのかなど、観察力を養っていただきたいです」。
世の中には自分の犬をしつけるだけでなく、それを仕事にしたいという人は多い。
「もししつけインストラクターに興味がある場合、私にお問い合わせいただければご相談に乗ります。どのようなご案内ができるかは一人ひとり変わりますが、その方が求めている答えが出せるようアドバイスさせていただきます」。
そういうわけで、現在犬を飼っている人へのしつけ教室以外にも、”トレーナーをめざしたい人”の相談も受け付けているそうだ。
「褒めて育てるしつけ」を世の中に広めるべく、これからも新免さんは楽しみながら犬や人と関わっていくだろう。
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いぬのほいくえん さくらっく
所在地:福岡県田川市伊田4923−1
ホームページ:https://www.sakuluck.jp/
この記事の執筆者

ninatte事務所
ninatte九州の運営事務局です。銭湯跡地、旧梅乃湯を拠点に活動中♨事務局ライター数名で日々記事を更新しています。
福岡県田川市伊田。
しつけインストラクターと動物看護師の資格を持ち、犬の保育園「さくらっく」の代表を務める。