『一味違うチョコレート』が届ける、無農薬食材と「やってみたい」の可能性。チョコレートショップ『cacao326』奈須美鶴

実は、スイーツの中でも特に作るのが難しいと言われているチョコレート。
温度や水分の調節が難しく、お菓子作りに精通しているパティシエであっても、出来栄えが良いチョコレートを作れるようになるには数年かかるそう。
「コンスタントに良いチョコレートを作れるようになるまでには時間がかかりました。たくさん失敗もしたけれど、良いものが出来た時の達成感がね。やめられないんです」。
そう話すのは、チョコレートショップ『cacao326』の奈須美鶴さん。
国産の無農薬食材を使った、ユニークで斬新なチョコレート菓子を作る職人だ。

奈須さんは、現在の事業に辿り着くまでに、パティスリーやチョコレートショップだけでなく、レストラン等にも勤務していたという。
その中で出会ったのは、日本各地の農家が作る、濃く美味しい食材。
これらをもっとたくさんの人に伝えられたらーー。
大量生産とは一味違う、手作業で作るチョコレートのおいしさを届けられたらーー。
そんな想いを持ち、日々チョコレート作りと向き合っている奈須さんの姿を見つめてみた。
父の反対から出会った、新しい夢

今はチョコレート作りに奮闘する奈須さんだが、初めからチョコレート職人を目指していたわけではなかった。
そもそも学生の頃は、現職とは駆け離れた、海外のホテルで働くことを夢見ていたそう。海外の地で働いてみたいという想いが大きく、リゾート地を周るような生活を思い描いていた。
しかし、大工をしている父に、「手に職をつけろ」と反対され、ホテルウーマンの夢は断念することに。
「高校時代にしていたお菓子作り。これだったら手に職もつけられるし、ヨーロッパにも行けるかもしれないと思いました」。
「何も調べず、厳しい世界とかそういうのも分からず、飛び込みました」という奈須さん。知り合いのケーキ屋へパティシエになるための方法を聞きに行ったのだそう。
製菓学校への進学が、一般的であるように思われるパティシエ。
だが、返ってきた答えは、「実践して技術を身につけた方が良い」というものだった。
学校に行かなくていいのなら、すぐに就職先を探そうと考えた奈須さんは、雑誌を片手に気になるお店を調べた。
そこでパッと目についたのは、とある福岡の店。奈須さんの大好きなケーキと同じ名前の、「モンブラン」。電話を掛け、面接が決まり、トントン拍子で入社が決まった。
「好きなことができるのにワクワクしていました。心配事はなく、どうにかなるさ精神ですね」。
パティシエの道へ心躍らせていた奈須さん。しかし彼女を待ち受けていたのは、華やかな日々だけではなかった。
芯となる『軸』を鍛えた日々

モンブランへ入社した当時は、朝8時から夜12時半ごろまで働き、休みは毎週月曜日のみ。
「モンブランでは皿洗いや掃除から始めました。新人は、接客もできないんですよね。やっぱり、色々と難しいので」。
掃除の手際が良くなるにつれ、少しずつ時間に余裕が出てくるようになった。
余った時間で仕上げを手伝わせてもらえるようになり、徐々に任されることが増えていくような流れだったという。
「本当に好きじゃないとできない仕事環境だったと思います。当時は、1日とか3日で辞める方もザラでした。逆に、本当にやる気があっても、うまくいかなくなって辞めてしまう方もいましたね」。
このような環境の中で、奈須さんが踏ん張れた理由。
それは、悩みを共有できる理解者がいたからだった。
「負けず嫌いなのもあるし、やっぱり近くにお姉ちゃんがいたのが強かったです」。

「最初は特に、きついことばっかりでした。多分、職場の人は、そういうのを分かった上で言葉をかけてくれていたんでしょうね」。
そのことを象徴するようなエピソードがある。
仕事を辛いと感じていたある時、職場にいるシェフから、仕事への向き合い方を根本的に見直すよう指導されたという奈須さん。
自分を否定されているようで悲しくなり、いつものように姉に相談をしたという。
すると、こんなことを言われた。
「それって、あなたのことを否定しているわけじゃなくて、好きなことに合わせた方が良いって意味じゃないの?モンブランのケーキ好きなんやろ?好きなんやったら、モンブランのやり方に合わせた方が良いって意味なんじゃないの?」
この言葉に、奈須さんはハッとしたのだそう。
「姉に相談する前は、ダメかも、辞めたいって思ってたんです。でもそうやって少し視点を変えるだけで、納得できる言葉だって受け入れられました」。
下積み時代を振り返っても、「慣れた」と感じたことはなかったという。
常にいっぱいいっぱいで余裕がなく、がむしゃらに突っ走った日々だった。
「今思えば、きつかったことも良い経験だったなって。基本がしっかりしていると軸ができてきて、ブレなくなるので。あの時必死に食らいついたからこそ、今、自分が楽しいと思えるお菓子作りができています」と奈須さんは語った。
「やってみたい」に飛び込んだからこそ、道が見えてくる

モンブランでの業務を通して、お菓子作りの基礎だけでなく、好きなことへの向き合い方まで学んだという奈須さん。
モンブランに在籍しながらも、憧れのヨーロッパ・ベルギーで研修や仕事をするため、一時的に離れることもあったという。
そうして度々海外に渡るたびに、「仕事の考え方」や「働く環境」に関して刺激を受けたのだそう。
「ベルギーにいた時、同僚から『同じところに何年もいるの?』って言われたのが頭に残って。それまでの自分の選択も、良かったと思うんですけどね」。
「これからも、やってみたいことをしようって思って」。
思い切って、計12年ほど在籍したモンブランでの勤務に区切りをつけ、住居も福岡から関東へ。働いてみたいと思ったお店で、広く経験を積むことにした。
ー千葉県にあるベルギーの元シェフのお店「LA PATISSERIE BELGE」
ー東京のフレンチレストラン 「LA BONNE TABLE」
ー世界に拠点を持つチョコレート専門店「Dandelion Chocolate」
働く場所によって担当する部門もバラバラだったが、とにかく自分の「やってみたい」という素直な気持ちのまま行動した。
これらの経験が、「チョコレート作り」や「日本全国の食材を使う」という今のcacao326に繋がっていく。
大切なものを大切にして、小さな一歩から着々と進むcacao326

福岡、関東、そしてベルギーで、様々な経験を積んだ奈須さん。
海外で働くという夢も、お菓子作りを仕事にする夢も叶えてきたことで、新たな選択肢が浮かび上がるようになったという。
「次は、『ビジネスやお店をやってみたい』という主人の夢を叶えたいな、と」。
せっかくなら奈須さんのお菓子作りを活かしたショップを展開しよう、という話になった。
しかし、初手から店舗を構えるには、費用等の負担が大きい。
無理のない範囲で働き、ロスを最小限にするにはどうしたら良いか。
考えた末、まずは「オンラインショップ」で小さく始めることにした。
お店のメイン商品として出すのは、海外で学んだチョコレート。
「ちゃんとしたチョコレート作りを学んだのは、ベルギーが初めてでした。コンスタントに作れるようになるまでめっちゃロスもしたし、失敗もするけど、やっぱりその、難しさが面白いんですよね」。
そしてもうひとつ。
「全国の農家さんの食材を使いたい」という想いが奈須さんの中に湧き上がった。
レストラン在籍時は、使用食材の勉強や畑仕事の手伝いのため、定期的に同僚たちと、提携している農家のもとへ足を運んでいた。
「ある時、農家さんのところに行ったら、ネギの根っこを食べてみろって言われたんです。今まで捨てていたネギの根っこ。食べたらちゃんとネギの味がするんです。農家さんの所に行く度に面白い発見が多かったんですよね」。
彼らとのコミュニケーションを通して、
日本には素晴らしい食材が沢山あることや、無農薬食材の美味しさ、そして食材の味を存分に楽しむ姿勢を持つことの大切さを知ったのだそう。
現在、cacao326で販売されているユニークなフレーバーのチョコレートには、奈須さんがこれまでに出会った農家の食材がたっぷりと使われている。

「『日本には、こんなにも美味しい食材を作っている人がいるんですよ』ってことを伝えたいです。だからこそ、素材の味を崩さないようにということを意識しています」。
技術を磨いてきた経験だけでなく、食材に関わる人々との交流そのものも、奈須さんの核となる部分を形作っているのだろう。
『一味違うチョコレート』を作る、自分なりの生き方を

奈須さんは現在、2人の育児をしながら働いている。そのうえで大切にしていることは、「子どもベース」、「好きなことをする」という考え方なのだそう。
「子どもと遊べるうちは、家族を1番にしたいと思っています。子どもと一緒に居られるのは数年しかないから。だから、今の働き方はとても理想的なんです」。
仕事も、家族との時間も、cacao326のお客さんも大切にできる今の働き方は、ベルギーで同僚から学んだ自分の時間を大切にする考え方を最大限に体現しているという。
実店舗であれば開店時間中お店に立っていなければならない。しかし、オンラインであれば、注文が入った時にお菓子作りに集中し、他は自分や家族との時間にあてられる。
限られた時間を自分の裁量で使えるのは、まさに奈須さんの理想そのもの。
また、普段はオンライン販売がメインの奈須さんにとって、対面販売であるマルシェへの出店は、実際に購入してくれるお客さんと会話ができる、大切な機会。
「お客様とコミュニケーションを取れるのが嬉しい」と話す奈須さんには、特に印象深いエピソードがあるのだそう。
「熊本のマルシェに出店した時に、嬉しいことがあって。かなり年配のおじいちゃんが来てくれたんです。その時にコンフィチュール(クリーム状のチョコレート)を試食で渡したら、美味しいって言って買ってくれたんです。しかも2日連続で。『甘いものは食べるけど、あんなに美味しいのは食べたことなかった。お菓子の概念が変わった』って」。
奈須さんの表情は、喜びと温かさに包まれていた。
マルシェで出会うお客さんの中には、リピーターになる人も少なくないという。cacao326は、今や全国にまでファンを抱えているほどだ。
また、cacao326が出店しているマルシェの1つに、「Grand Marche’」というものがある。奈須さんと、他店の出店者が共同で主催しているマルシェだ。
4年前、より多くの人々に知ってもらえる機会を作りたいと思い、企画したのが始まりだった。
「子育て中のお母さんが、日常の中で気持ちが上がるようなアイテムに出会えたら」というテーマのもと、開催されている。
器が1つ違うだけでも、ちょっとおしゃれで気分がよくなる。そんなアイテムに出会えるようにと、温かさを感じるアイテムを作る出店者が集っているのだそう。

縦横無尽に「やってみたいこと」を実現し続けているように見える奈須さん。
今の彼女の笑顔の土台には、下積み時代から現在に至るまでの、彼女ならではの経験値が積み重ねられている。
国産の無農薬食材と、奈須美鶴という職人の人生が、絶妙なバランスで掛け合わさっているからこそ、cacao326の『一味違うチョコレート』が生み出されているのだろう。
【cacao326】
HP:https://cacao326.raku-uru.jp/
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