揺れるモビールと日々に寄り添い、ほっとできる空間づくりを。モビール作家 よしいいくえ

風がなくても、ふわりと揺れる。

糸と木、紙や布といった軽やかな素材を組み合わせ、空間に漂うように吊るす造形「モビール」。 主に、室内装飾や知育玩具として親しまれているものだ。

北欧発祥のこの技法は、置物のように「静止」するのではなく、絶えず「動き」続けることで、見る人の心をふっと和ませる不思議な力を持っている。

人の心に寄り添う、素朴で温かなモビールを、日々つくり続けている作家がいる。

よしいいくえさん。
地元・小倉を拠点に活動している彼女は、関西でのモビール作りを経て、現在は小倉でアトリエを構えている。

「ものづくりは勢いで始めて、本当に自信がなかったんです」。

そう語る彼女は、どのようにモビールと出会ったのか。よしいさんのこれまでの道のりと、そして今に至るまでの想いを聞いた。

雑貨屋巡りから始まった「作る人」への憧れ

「高校を卒業するまでは、『ものづくり』の世界に関心があったわけではなかった」というよしいさん。

転機は、大学進学に伴う引っ越し。
地元の北九州から、兵庫県へ移り住んだことだったという。

そこでは、『関西を中心としたローカル情報誌』に触れる機会が多くあった。

「『エルマガジン』や『Meets』といった、街のカルチャーを伝える雑誌を愛読するようになって、その影響で、休みの日はカフェや雑貨屋巡りが趣味になりました」。

「そうして作家さんの展示を見て回るうちに 『ものを作る人』への憧れも持つようになって……」。

大学卒業後は大阪で事務職として働きながら、休日は雑貨屋を巡る日々。
気付けば、行動範囲も広がるようになる。京都の寺社で開催される『手作り市』に足を運び始めたのをきっかけに、直接作家と言葉を交わす機会も増えていく。

そんな毎日を過ごすうちに、『自分もものづくりをしてみたい』という思いを、いつの間にか抱くようになった。

その後は、結婚を機に兵庫県西宮市へ移り住むことに。
兵庫の街でもいつものように雑貨屋を巡っていると、天井から吊るされたひとつのオブジェが目に留まった。

黒一色のモチーフ。
モビール作家「いろけん」さんの作品で、お酒に酔ったおじさんが手土産を持ってとぼとぼと帰っていて、その姿をねこが見つめている…というモビールだった。
「揺れ」や「影」が作り出す、ユーモアや温かみのあるデザインに、よしいさんは「あ、これおもしろい」と強く興味をひかれたのだそう。

「SORA mobile factory」のショップカードを持ち帰り、ブログを覗いてみると、ちょうど『忙しすぎる~誰か助けて~!!』という投稿を発見。

「『私、手伝いたいです!』と、迷わずコメントを送りました。そしたら、すぐに返事が届いて、実際にお会いできることになって」。

偶然にも自宅からわずか自転車で15分という近さだったこともあり、まずは一度会って話をしてみることになった。

いろけんさんと意気投合したよしいさんは、空いている時間にいろけんさんのモビールづくりの手伝いをするようになった。いわば、弟子入りである。

飛び込んだ先は、よしいさんにとって未知の世界だった。

「当時はとにかく、憧れの作家さんのお手伝いができる喜びでいっぱいでした」。

モビール制作だけに留まらず、モビールについての本の制作や、作品の撮影、そしてメディアへの出演など、いろけんさんの活動は多岐にわたる。
師匠のそばで過ごした時間は、そのままよしいさんにとってベースとなった。

地元・小倉へ…そして「1日1モビ」という支え

次第に手伝いだけではなく、オリジナルの作品作りにも没頭するようになったよしいさん。

その後は離婚を経て、地元・小倉へと戻ることになったのだそう。

「小倉でも、モビールは作り続けたいと思っていました。でも、どうやって続けようかと考えていて」。

ちょうどその頃に、小倉北区の魚町に、『メルカート三番街』がオープンした。
『メルカート三番街』とは、クリエイティブ拠点ビルだ。10年間空き店舗になっていたビルをリノベーションし、起業家やクリエイター達が入店している。

「『小倉ってどんな感じだったかな』って散策していたら、たまたまそのビルに辿り着いて。気になって、入ってみたんです」。

「そこに偶然、ビルのオーナーさんがいて。『モビールを作っています』という話をしたら、『ポポラートっていう、来年オープン予定の場所に入ってみませんか』と」。

ポポラートは、フロアを仕切って作家それぞれのアトリエスペースを持てる、集合アトリエのような場所だった。

「偶然居合わせたオーナーさんからタイミングよくお話していただいて、ありがたかったです。すごく素直に、あれこれ考えずにお話に乗りました。北九州でもモビール制作をしていきたかったので、自然と作家としての活動ができる流れができて、嬉しかったです」。

当初は、他の仕事をしながらの活動だったそう。
平日の仕事終わりや週末に、ポポラートのアトリエスペースへ通い、モビールを作る。そんな二足のわらじの日々が、しばらく続いていくことになる。

順調そうに思える日々だ。
しかしよしいさんは、「離婚を経て地元へ戻ってきて、あの時はとにかく自分に自信がありませんでした」と振り返る。

落ち込むことも多かった毎日の中で、彼女を支えたのは、『一日一モビ』という取り組みだった。

一日の出来事や気持ちをテーマに、毎日1つモビールを作り、Twitter(X)に投稿し続ける。

「売り物ではなく、あくまで自分自身のために続けていました。『続けられたら、少し自信が持てるかもしれない』と。意地のような気持ちも抱きながら、2年間欠かさず続けました」。

すると、その継続が、思いがけない扉を開くことになる。

『一日一モビ』のポストを見ていたひとりの編集者から、「本にしませんか」という連絡が届いたのだ。

「最初は『騙されるのでは?』って半信半疑でした(笑)。でもお話を重ねていくうちに、信頼できると感じられるようになって」。

そうして、「一日一モビ」の作品と、年中行事の作品と、モビールの作り方などを紹介する本が完成した。

出版をきっかけに、作家活動に少しずつ本腰を入れるようになった。

展示会やワークショップの機会も増え、単なる趣味の領域ではなく、「モビール作家」としての輪郭がはっきりしていったのもこの頃からだという。

恥をかきながら学び、人との繋がりに支えられて

「もの作りを始めたのは、正直かなり勢いだった」とよしいさんは振り返る。

「行き当たりばったりなことばかりでした。展示会などを開く上で、準備不足だったり、考えが至らないところもあって、いつも探り探りで動いていたように思います」。

最初の展示会の『野菜』というテーマは、八百屋で働いていた日々から生まれたという。

『毎日手にしていたものを、そのまま題材にする。好きなものを、好きなように形にしていく』

それがよしいさんの出発点だった。けれど、つくる楽しさと、『仕事』として作品を作っていく事は別のものだった。

「『モビールを作りたい』という思いだけでは、前に進まない事も多々あって。あれもしたい、これもしたい、と思っても、その先には必ず、お金の話と現実がありました」。

作家として続けていくことの重さも、この時初めて知ったとも語ってくれた。

「作品自体についても、美大などで何かを体系的に学んでいたわけではありませんでした。なので、『恥をかきながら学ぶ』ような日々でしたね」。

彼女は恥ずかしげにはにかみながら、「でもその勢いがあったからこそ、今があるんだと思います」と語る。

そんなよしいさんが頑張ってこられた理由は、展示会やワークショップを通じて出会う、お店の人やお客さんとの繋がりだった。

「一昨年、関西のカフェで展示会をしたときに、とある方と再会したんです。その方は、最初の『野菜』をテーマにした展示会の会場だった、日本茶カフェの店員さんで。今では独立してお店をされています」。

「昨年そのお店『お八つとお茶 いろは』さんにて個展を開くことに。お互いに続けていなければあり得ない縁だったと思います」。

単にお客として相手に関わるのではなく、共に空間を作り上げていくパートナーのような存在として関わることになる。

「『ものづくりが好きだから続けている』というよりも、作品を通して出会った人との繋がりが、自分にとってはすごく大きいんだと思います」。

作品を手に取ってくれたお客さんから、「よしいさんの作品に癒されてます」と感想をいただくこともあれば、展示会の会場のカフェの店長と、お互いに個人事業主であることに共感して、大変さを分かち合うこともあった。

技術や作品そのものよりも、その先にある人たちとの出会いこそが、彼女の活動を支え続けてきた原動力だったのだ。

価格という難しさ、そして「身近な存在」でありたいという想い

現在、よしいさんが向き合っている課題のひとつが、「価格をつけること」の難しさだ。

「長く活動を続けていくためには、適正な対価をいただく必要もあるとは思うんですけど。でも、『この値段なら手に取ってもらいやすいかも…』という気持ちもあって。いつも悩ましいです」。

作家同士でもよく話題にのぼる、答えのない悩みだそうだ。

海外の量産型モビールは比較的手に入りやすい価格帯のものもあるが、決して安くはない。
また、ひとつひとつ手作業で仕上げる一点ものは、量産できないぶんどうしても価格が上がってしまう。

「『一点ものなら、もっと価値をつけてもいいのでは』と言ってもらえることもあります。ですが、身の丈に合った価格帯があるような気もしていて…まだ迷っているところもあります」。

その考えの根底にあるのは、よしいさんならではの作品への向き合い方だ。

「あまり高価なものというより、『生活の中にちょっと彩りを添えるような存在』でありたいんです。芸術作品として大切に扱われるような距離感というよりは、日常に寄り添えるような、一瞬でもほっとしてもらえるような身近な存在。そういうのが、自分らしいあり方だと感じています」。

よしいさんは、「自分でも『モビール作家』と名乗っていますが、『アーティスト』や『作家』という肩書にも、自分ではどこか違和感がある」と笑う。

「モビールを作っている人、ぐらいのスタンスが、自分には合っている気がします」。

作品はいわば自分の分身のようなものであり、だからこそ自分自身も特別な存在としてではなく、身近な存在でいたいのだという。

小さい虫や道端に咲いてる花が好き、そういったものをモチーフにすることが多い、と話してくれたよしいさんのモットーは、

『日常生活の中で自分が感じた「可愛い」や「おもしろい」を形にする事』

日常生活の中に潜む可笑しさや日頃感じることを作品だけでなく、『よしい通信』という形でも発信している。

もともとは月刊で発行していたフリーペーパー『よしい通信』。
そのフリーペーパーを1~45号までまとめて、冊子『よしい新聞』として発行した。
現在は『よしい通信』という名前で、フリーペーパーを2ヶ月に1回発行している。

「誰かに自分が作っているものを見てもらえたり、楽しんでもらえたりするのは、とても嬉しいことです」。

日々の、何気なく目にした様々な『日常』をつづったよしい通信には、そんなよしいさんの細やかな心がつづられている。

揺れながら、これからも

今後についても、「決まっている仕事の一つ一つを大切に、丁寧に制作を重ねていきたい」という。

「今って、ちょっとギスギスしたことが多いように思います。だからこそ、見てくれた人の気持ちが和んだり、ほっとしてもらえるような作品や空間を作っていけたらいいなぁと思います」。

離婚を機に自信を失っていた時期、自分自身のために始めた『一日一モビ』が、やがて本の出版へ、そして今の作家活動へとつながっていったよしいさん。

日々を丁寧に積み重ねてきたその歩みは、静かに、そして確かに続いていくのだろう。

風がなくても揺れるモビールのように、よしいさんの作品もまた、誰かの日常にそっと寄り添い続けている。

【モビール作家 よしいいくえ】
HP:http://yoshiiikue.com/
Instagram:https://www.instagram.com/ikueyoshii/

記事をお読みいただきありがとうございます。
お寄せいただいたご感想は、創りてさんへのエールとともに、 
より良い記事づくりの参考にさせていただきます。

この記事の執筆者

本業に子ども2人、ペット2匹。毎日あれこれ振り回されながら、ライターとしてなんとか奮闘中!
ゲームとアニメ、読書が好きで、何もせずぼーっとする時間が至福のひととき。

最新記事の更新情報はこちらから

モビール作家
よしいいくえ
Instagram

小倉を拠点に活動する、モビール作家。 自信を失っていた時期に、自分自身のために始めた「一日一モビ」が、やがて本の出版へ、そして現在の作家活動へとつながった。

「誰かの日常にそっと寄り添う作品を」をモットーに、展示会やワークショップで活動中。日常の「可愛い」や「おもしろい」を、今日もゆらゆら形にしている。

イベント一覧
該当の記事はありません。
関連記事