太宰府で生まれた「さいふ蜜」。好きなものを追いかけて、つながったもの。永康薬局・ミカサみつばち研究所 伊藤誠・麻紀

太宰府で、はちみつが作られている。太宰府にそんな作り手がいると知って驚いた。
訪ねたのは、太宰府市五条にある、今年開業したばかりの永康薬局。漢方薬や生薬、ブレンド茶が並ぶ店内には、「さいふ蜜」も置かれている。
出迎えてくれたのは、ミカサみつばち研究所の麻紀さんと、永康薬局で薬剤師をしている誠さん。漢方薬局を営みながら、ニホンミツバチのはちみつ「さいふ蜜」を作るご夫妻だ。
蜂と暮らし、はちみつをつくり、地域に新しい場所をひらく。二人の話から見えてきたのは、ニホンミツバチが飛び交う太宰府の風景を、これから先にも残したいという思いだった。
「僕が飼うつもりだったのに」。蜂との暮らしは、待つことから始まった

お二人が暮らす太宰府は、自然豊かなまちだ。誠さんの実家の裏手にも山があり、身近に生きものがいるのも、ごく当たり前のことだった。
ニホンミツバチとの出会いは、2015年。実家の床下に、蜂が巣を作り始めたことだった。
床下に巣を作っては危ないと、誠さんのお父さんが巣を取り除いてしまう。
そのとき、誠さんはつぶやいた。
「僕が飼うつもりだったのに」。
麻紀さんは、この言葉を初めて聞いて、蜂を迎えるつもりだったのかと、驚いたという。
誠さんに、そのときの気持ちを尋ねてみると、しばらく考えてこう答えてくれた。
「もし、別の場所に巣を作っていたら、自分たちの集団で生きていけたかもしれないのに、自分たちの都合で駆除されてしまったと思って」。
目の前で息絶えた蜂たちを見て、何かできることはないか。誠さんは巣箱を調達し、庭に置いてみることにした。
蜂がやってきたら迎えられるように、インターネットで調べたり、養蜂をしている知人に話を聞いたりもした。
けれど、待っても蜂はやってこない。1年ほどたっても、巣箱は空のままだった。
そんなとき、知人から連絡が入った。ニホンミツバチが巣を作り始めているので、巣箱を持ってきてみたらどうか、という。
「巣箱を置けば、必ず蜂が入ってくれるわけではなくて。でも持っていってみると、運よく蜂たちは巣箱へ移ってくれたんです」。
2016年、ニホンミツバチとの暮らしが始まった。

蜂を飼うのではなく、「大家と住人」
蜂が巣箱に入ると、誠さんはその様子を観察するようになった。何匹もの蜂が集まって暮らし、動いている。その小さな社会が庭の中にあることが、面白かったという。
一方、麻紀さんは、最初から蜂に興味があったわけではない。
「あ、蜂か、くらいでした(笑)」。
そんな麻紀さんが、少しずつ変わっていく。
誠さんから蜂の話を聞いたり、庭の巣箱を眺めたり。毎日のように蜂を見ているうちに、いつの間にかその面白さに引き込まれていった。
「少しずつ洗脳されていって。ミツバチが我が家に来て、見始めると、どっぷりはまってしまって(笑)」。
蜂の動きを見ていると、時間が経つのも忘れてしまう。
「ずっと見ていても面白くて、癒やしなんですよ」。

そんな二人が、蜂との暮らしを人に説明するときに使うのが、「大家と住人」という言葉だ。
巣箱という「家」を用意するのは人間。でも、そこに住むかどうかを決めるのはミツバチたち。人間が蜂を飼っているというより、蜂に「ここ、どうぞ」と家を貸しているような感覚という。
「もう大家です。家賃が取れるときと取れないときがあるんですけど(笑)」
「家賃」のおすそ分けから「さいふ蜜」へ。
蜂が巣箱に入ったからといって、すぐに蜂蜜が採れるわけではない。初めて蜂蜜を分けてもらえたのは、ニホンミツバチとの暮らしが始まった翌年のことだった。
蜂蜜の採り方はいくつかあるけれど、伊藤さん夫妻がこだわっているのは「たらし蜜」。巣を押しつぶさず、蜂蜜が一滴、また一滴と自然に垂れてくるのを集めていく。まさに、その名の通りの採り方だ。
「巣を押しつぶせば、もっとたくさん採れるんですよね。でも、できるだけ雑味のない蜂蜜を届けたいから、たらし蜜にしています」。
ニホンミツバチは、養蜂で広く使われるセイヨウミツバチに比べ、一群から採れる蜂蜜の量が少ない。季節や年によっても採れる量は異なり、蜂たちが暮らしていくための分を残して、残りの蜂蜜を分けてもらう。
採れる量よりも、蜂たちの暮らしを優先する。そこにも、ミツバチと共に暮らす二人の姿勢が表れている。

実は麻紀さん、もともと蜂蜜が少し苦手だった。以前、蜂蜜を食べて体調を崩したことがあり、今でもほかの蜂蜜を食べると調子が悪くなることがあるという。
そんな麻紀さんが、初めて採れた蜂蜜を、おそるおそる口にしてみた。
「それが、大丈夫だったんですよ。びっくりしました。もちろん美味しくて」。
採れた蜂蜜は、知人や家族、友人たちにも食べてもらった。ニホンミツバチの蜂蜜をもらう機会はめったにないと驚かれ、食べた人たちからは「普通においしい」と喜ばれた。
すると、周囲から「販売したら?」という声が上がるようになる。
採れる量が限られるため、誠さんは当初、販売することに慎重だった。それでも、周囲の声にも後押しされ、二人は少しずつ商品化に向けて動き始める。
届け出や必要な手続きには、思った以上に時間がかかった。養蜂の記録をつけ、販売に向けた準備を進める。パッケージは地元のデザイン会社に依頼し、イメージを伝えながら形にしていった。
そうして2021年、「さいふ蜜」が完成した。

初めて店頭に並んだときのことを、麻紀さんはこう振り返る。
「ミツバチたちと同じように、さいふ蜜が初めて店頭に並んだときは、わが子が巣立ったような気持ちでした」。
蜂蜜をつくる薬剤師が、太宰府に漢方薬局を開いた

ミツバチと暮らす一方、誠さんには、もう一つ、かなえたい夢があった。自分の薬局を開くことだ。
約30年にわたり、調剤薬局で働いてきた誠さん。薬剤師になった頃から、いつか自分の薬局を持ちたいという思いがあった。
還暦が近づき、いつかと思っていた夢をかなえるなら、今なのではないかと考えるようになった。そんな誠さんの背中を押したのは、妻の麻紀さんだった。
「やってみたいと思ったなら、一度やってみたらいいんじゃない?」。
麻紀さんも、これまで頑張ってきた誠さんが、やりたいと思っていることなら挑戦してみたらいいと考えた。
誠さんは、開業するなら漢方薬を柱にした薬局にしたいと考えていた。しかし、今の世の中、薬局といえば、調剤薬局やドラッグストアが主流だ。漢方薬局を開くのは、無謀かもしれない。そんな迷いもあったという。
それでも、漢方への思いは強かった。
「漢方薬は、2000年以上前からあって、今も使われていて。この現代の病気や不調にも役立ってるんですよ」。
長い年月を経ても受け継がれてきた漢方薬を通して、自分に何かできることはないか。そんな思いから、誠さんは開業を決めた。
開業する場所に選んだのは、二人が暮らす太宰府。物件探しには時間がかかったが、2026年2月、太宰府市五条に「永康薬局」がオープンした。
麻紀さんも薬局に立ち、二人で店を営んでいる。漢方薬の相談は、人だけではなく、ペットについてもあるという。
「薬剤師が養蜂もしている漢方薬局は、他にないんじゃないかな」。
また、漢方や生薬について知るワークショップも開いてきた。女性特有の体の不調について学ぶ機会を設けたり、12月には、お屠蘇に使う生薬をいくつか用意し、その中から数種類を選んで調合するワークショップを予定している。
自分の体と、自然に目を向ける
麻紀さんは、蜂蜜や漢方を通して、体を見つめ直すきっかけが生まれたらうれしいと話す。
「ミツバチたちが採ってきてくれたはちみつは、人の健康にもいいと思うし、漢方とのつながりもあって」。
誠さんも、ミツバチと暮らすようになって自然へのまなざしが変わったという。
「人間だけが生きているわけじゃない。生きものや環境とともに暮らしている、ということをもっと意識するようになりました」。以前、蜂蜜を買ったおじいさんが、「子どもの頃に食べた蜂蜜の味がする」と話してくれたと、麻紀さんは嬉しそうに語った。
「今の子どもたちにも、ニホンミツバチの蜂蜜を食べてもらって。そして、いつか大人になったとき、またその味に出会って、「懐かしい」と感じてもらえたら嬉しいですね」。
二人が願うのは、これから先もニホンミツバチが飛び交う太宰府。以前、蜂蜜を買ったおじいさんが、「子どもの頃に食べた蜂蜜の味がする」と話してくれたと、麻紀さんは嬉しそうに語った。
「今の子どもたちにも、ニホンミツバチの蜂蜜を食べてもらって。そして、いつか大人になったとき、またその味に出会って、「懐かしい」と感じてもらえたら嬉しいですね」。
二人が願うのは、これから先もニホンミツバチが飛び交う太宰府。

四王寺から見た太宰府の街並み
取材の終わりに、永康薬局で「さいふ蜜」を一瓶買った。
秋に採れたさいふ蜜は、艶やかなあめ色をしていた。口に運ぶと、花の香りが広がり、深い甘さがしみわたる。
その色を眺めていると、花粉をまとって巣へ帰るニホンミツバチたちの姿が目に浮かんだ。
【ミカサみつばち研究所】
Instagram:https://www.instagram.com/saifumitu/
【永康薬局】
太宰府市五条にある漢方薬局。漢方薬や生薬、薬膳材料などを扱っています。
Instagram:https://www.instagram.com/eikopharmacy/
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この記事の執筆者
森林浴ファシリテーター、ライター。太宰府在住。
森を歩くこと、対話すること、チャレンジすることが好き。最後の晩餐はうなぎ。
「感覚を、ことばへ。」



