捨てられるモノに、海の尊さを。廃材から希望を紡ぐアーティスト natunami(なつなみ)

日々、新しいものが生み出され、同時に次から次へと捨てられていく。
私たちは豊かさと引き換えに、何か大切なものを失ってはいないだろうか。
福岡県糸島市。自然豊かな海の恵みを受けるこの町に、捨てられるはずだったモノに新たな命を吹き込み、美しいアートとして蘇らせる女性がいる。
廃材アーティスト、natunami(なつなみ)さん。
(以下natunamiさん)
古くなったモノ、使えなくなったモノ、余ったモノ。
行き場をなくした廃材たちに、彼女が大好きな海の、美しい青を描く。
それは単なるリサイクルではない。
失われた時間にもう一度光を当て、モノの記憶を未来へとつなぐ、優しい営み。
彼女の創作の源泉にある、痛みと、愛と、そして海への深い想いを訊いた。
責任感の代わりに失われた、自身の”好き”と向き合う時間

幼い頃から、絵を描くのが大好きだったというnatunamiさん。好きな漫画の影響などもあり、高校は服飾デザイン科へ。
デザイン画を描く毎日は、彼女にとってとても充実した時間だった。
しかし授業の内容が徐々にミシンや裁縫に移るにつれ、純粋に「絵が描きたい」という想いとの間に、どこか違和感が生まれてくる。それでも、かけがえのない友人たちとの時間が、そのすき間を埋めてくれていた。
そんな青春の真っ只中、彼女の人生を大きく揺るがす出来事が起こる。
natunamiさん18歳、母の乳がんが発覚したのだ。
「うちは母子家庭で、下には弟と妹がいましたから、『自分がしっかりしなきゃ』って。それしか考えていませんでした。自分の好き、なんて二の次でしたね」
描きたい未来があった。叶えたい夢があった。
でも、"長女"という責任感が、その全てを心の奥底に押し込めた。
高校卒業後、人と会話することが好きだったこともあり接客の道へ。
日々の仕事をこなす中で、大学に進学したり、夢を追いかけたりする友人たちが、正直羨ましく見えたという。
でも、私が家族を守るんだ。
その一心で、湧き上がる羨望を振り払うように、彼女はひたむきに働いた。
父がくれた「モノへの慈しみ」の心
消費社会の片隅で芽生えた、小さな違和感

「父親が建設関係の仕事人で、昔から物をすごく大切にする人でした。
『計算をきっちりすれば、建材は余らない。お客さんの予算も抑えられて、それが、こちらの利益にも繋がる』と、よく言っていて。余りなく、ムダのない建築を考えて、モノを最後まで使う人なんです」
家庭では、余った木材で収納棚を作り、古くなったテレビを何度も修理しては使い続ける。
節約家だった父のくれた信念。
使える物は全て使い、直せるものは全て直す。
それを体現した父の精神は、幼い彼女に『もったいない』『無駄にしない』という精神を深く刻み込んだ。
そして、その後のnatunamiさんの未来にも大きな指針を与えてくれる。
29歳で、最愛の母が旅立つ。
大きな喪失感を抱えながら、彼女はアウトレットのアパレルショップに転職した。
売れ残りだとしても、誰かの手に渡る最後の砦になれるかもしれないと思ったからだ。
「お客さんも楽しんで、自分も楽しんで。納得したものを買って貰おうって思いながら仕事をしていましたね」
「でも、アパレル業界って流行り廃りが凄くて。物がどんどん余るんですけど、余ったモノは誰の手に渡ることもなく本部に返品されていくんです。その光景を見るたびに、なんだかもやもやしちゃって」
古い物は次々に新しい物へと変わっていき、誰の元へも届かない。
好きな接客という仕事とは裏腹に、次第に業界自体が肌に合わないと感じるように。
それと同時に、父から受け継いだ「無駄にしない」という精神が、日に日にその違和感を大きく育てていった。
大好きなこの景色を守りたい

とある休日の日。昔ながらの友人と、気の向くままに潜りに行った糸島の海。
シュノーケルを身に付け、1m、2m…。
深く潜水するごとに、海中の光や色、住んでいる魚の種類が少しずつ変わっていく。
「それからどハマりしちゃって(笑)海に入ったら疲れるどころかパワーが漲って、日々のストレスが全てリセットされる感じがするんです」
日頃から海洋ドキュメンタリーの動画が好きで、よく見ていたnatunamiさん。画面越しに見ていた景色の中に潜り、それらを実際に体験出来た嬉しさと衝撃。
今まで知らなかった、"世界が広がる感動"は彼女の好奇心をくすぐるには十分だった。
しかし、海の感動を知ると同時にビーチにも、海中にも、人間が出したゴミが漂い散らばっている現実を突きつけられる。
特に雨の日は、街中で捨てられた大量のゴミが用水路を通り、一斉に海へと流れてくるのだそう。
「ネイチャー系の動画でも環境の話で終わることが多いんですけど。なるほど、このことか、と」
今まで知らなかった海の美しさと、その美しさが危険にさらされている現状。
小さなことかもしれないが、自分だけでもゴミを拾って帰ろう。
それから海を訪れる度にゴミを拾い、なんとなくSNSに写真を上げていた。
すると少しずつnatunamiさんの情報は広まり、2019年、初のビーチクリーンイベントを開催するにまで至る。性別、年齢、国籍を問わず、同じ志を持つ人たちが多数集まり、イベントは大成功を収めた。
改めて感じた海の美しさと、それを蝕む現実。そして、限りある資源を浪費する社会へのもどかしさ。
点と点だった問題意識が、彼女の中で一つの線になろうとしていた。
過去の私がくれた「人生の地図」
捨てられるはずのモノが、私を変えてくれた
それから2年。人間関係の悩みから、彼女の心は徐々にすり減り、光を失っていく。
鬱に近い状態でふさぎ込み、涙を流し、未来への希望も薄れていった。
「毎朝、お母さんの仏壇に手を合わせて泣いていました。そうやって、どうにか自分を保っていたんです」
出口のない暗闇を半年ほど彷徨ったある日。
ふと、部屋の片隅から、若い頃に描いたものを綴じたファイルを引っ張り出した。
その中には、当時責任感に追われ骨身を削って働く自分を、奮い立たせるために書いた言葉が綴られていた。
ページをめくると、そこに綴られていたのは、責任感に押しつぶされそうになりながらも、未来の自分を鼓舞するために記した言葉たちだった。
それは10年の時を経て、今のnatunamiさんの心に、強く、深く突き刺さった。

「こんなにマイナスに引っ張られている間も、人生の時間は一秒だって止まってくれない。こんなことのために、私の人生はあるんじゃない!って。 もう一度、自分の心の声に、ちゃんと耳を傾けようと決めたんです」
自分のやりたいこと、やりたくないこと、好きなこと、得意なこと、譲れないこと。
全てを紙に書き出し、『人生の地図』を描いた。そして、一つの答えにたどり着く。
『捨てるはずのモノに、大好きな海の絵を描いたら、きっと楽しいだろうな』
父から貰っていた建材の余りと、学生時代に使っていたアクリル絵の具。
もったいないと捨てずに残していたそれらが結びついた瞬間、荒れていた心は静かな海のように凪いで、natunamiさんの世界に再び光が差し込んだ。
本来なら捨てられるはずのゴミが、作品へと変わっていく。
そのプロセスは彼女に癒しと、夢中に描く楽しさを思い出させてくれた。
少しずつ作品販売も始めるようになり、初めて良い循環の形に出来たと彼女は語る。
次第にプラスチック、漁業で使われるブイや、レコードなど。
建材にとどまらず、役割を終えた物たちに絵を描く依頼が来るように。
「もちろん、簡単ではありませんし、大変ですね(笑)まず素材によって、アクリル絵の具を着色できるか分からない。いろいろと工夫しながらも、試行錯誤の連続で。『普通の紙になら描けるのに』とくじけそうになることもあります」
「でも、苦しんだ上で満足した作品が出来上がることで、自分のプラスのエネルギーがこのモノに宿るんじゃないかなって。そして、それを見た人の心にも、きっと何かが伝わるんじゃないかって」
試行錯誤しながら作品を手掛けていく中で、脳裏に打ち寄せるのは、「伝えたい」という、波のように力強い想いだ。

「ゴミから作った」と思わせない
アートの力で、日常に気づきの種を蒔く
環境意識の高まる近年。廃材をテーマに作品を作るクリエイターも増えている。
中には、"ゴミから作られている"と、一目で分かるものもある。
『ゴミ問題を訴えているはずなのに、製作過程で使う消費物や、そもそも完成品を作ることで、結局は新しいゴミを生み出しているのでは?』
以前、ある学生から、そんな言葉を投げかけられたのだそう。
その言葉は、彼女の心に深く刺さった。そして、自身の創作活動の在り方を、改めて問い直すきっかけとなる。
実際にnatunamiさん自身も、"物を生み出す"ことに対して悩みや葛藤を持ったことがあった。
でもその度に、『環境問題を意識していない人に、どれだけ自分の作品を届けられるか』という目標に立ち返る。
「私はどちらかというと、手にとってくれた人の普段の生活の中に、自分の作品を溶け込ませたいんです」
「自分の作品が知られた上で、作者はビーチクリーンもしていて、しかもこれは廃材で、捨てられるはずだったって知って貰えるのが理想ですね」
だからこそ、一見して「ゴミから作られた」と分かるような表現はしたくないのだそう。
家に飾っていても自然で、見ていて楽しいものを。
持ち歩いていたら、『それ、素敵だね』と友人に褒められるようなものを。
その一言が、きっかけになる。
『実はこれ、捨てられるはずだったモノなんだよ』 そう語ることで、彼女の想いは、人から人へと波紋のように広がっていくはずだ。
いつか捨てられるかもしれない。しかし、そのいつかを少しでも未来へ引き延ばし、役目を終えたモノたちに命を吹き込んでいく。
「そのためにも、『natunamiさんの作品だから、大切にとっておきたい』って、思ってもらえるようなアーティストになりたいですね」
自分がワクワクすること。自分がときめくこと。
一度立ち止まり、それらの心の声に耳を傾け、道を開いたnatunamiさん。
人格を高めながら、作品の更なるクオリティの向上を目指し、今日も彼女は絵を描き続ける。
海の素晴らしさが詰め込まれた、とっくの昔に捨てられていた廃材たち。
それらを手にとった時、あなたの心にもきっと、温かい何かが届くはず。
1人でも多くの人が彼女の想いに気づけたなら、私たちの『当たり前』も変わる。
そして、この消費社会は、サステナブルな社会へと少しずつ近づいていくだろう。
その変化は、きっと、あなたの心の中にある小さな「もったいない」から始まる。
Instagram:@natunami73
YouTube:natunami

この記事の執筆者

晴れ太
好きなものは水色、青、空、海、パピコ、ヨルシカ。
短い文章を書いたり、読んだり。
たまにギター(上手くない)。1人のときは常にイヤホンをつけて音楽を流しています。
最近はココアシガレットの空箱を職場に溜め込むのがマイブーム。