珈琲屋はエンターテイメントと同じ。人と人とをつなぐ空間を自然と創り出す ノビシロ珈琲 大城 遼平さん

「あなたに合った一杯、提供させていただきます」

ノビシロ珈琲のキャッチフレーズだ。
人と人がつながる。居心地がよくてつい長居してしまう。
その空間を自然と作り出すのは、ノビシロ珈琲の店主である大城 遼平(おおぎ りょうへい)さん。

メニューは基本ドリンク(珈琲、アルコール)で、食べ物は持ち込み自由というスタイル。

ノビシロ珈琲ではまず、お客の気分、直前に食べてきたものなどのヒアリングが行われる。

それにより提供する珈琲やお酒がチョイスされる。持ち込みをして、それに合わせたドリンクをいただくことだって可能だ。

珈琲豆にはそれぞれその豆が美味しく淹れられるレシピが存在するが、大城さんはそれを把握した上で、お客の気分に合わせて抽出方法を変えることもある。

他の珈琲店とは一風を呈するこのスタイルを体現できるのは、偏に大城さんの人間力、また珈琲愛とその抽出技術があってこそ。人と珈琲とに真摯に向き合い、トークや提供するドリンクでお客さんのハートをがっちり掴む。

「こないだここで知り合ったお客さん達が一緒に旅行に行ってましたよ。」

嬉しそうに語る大城さん。

ここは、ただ珈琲を飲む場所ではない。人と人が出会い、心がほぐれ、誰もが「何者か」である必要なく、ただ「自分」として受け入れられる空間。 なぜ彼は、こんなにも温かい「居場所」を創り出せるのか。

週1から初めた珈琲屋。自然と独立につながっていった。

6年前、別の仕事をしていたという大城さん。

「自分にも何か表現できることはないか、自分の技術や知識で人を喜ばせることができたら面白いなって思って」

初めは週1から珈琲屋を始めたという。そこからだんだん、イベントなどに参加するようになり、その活動が実を結び六本松でお店が開かれるときに声をかけられた。

2022年、独立。

1年半香椎でお店を開き、一昨年から箱崎でお店を開いた。

珈琲、お酒の仕入れ方、経営に関することなどを勉強させてもらったという。

飲食が好きで飛び込んだものの、楽しいことばかりではなかった。

「お金のことや、仕入れしてロスがでないようにするとか、めちゃめちゃ大変でした。」

その経験が、今につながっている。

「何者でもない」と焦っていた僕だから、創れる場所がある。
大城遼平という自分を、丸ごと受け入れてくれた二つの場所。

自分の価値観を変質してくれたむっちゃん万十

高校の頃、大阪から転校してきた大城さんは、進学校に通い、すでにグループが出来上がっていたその高校の風潮になかなか馴染めずにいた。その当時通っていたのが、むっちゃん万十。

「そこの店長さんがとても面白い人だったんです。その高校と切り離された時が高校のレッテルではなく、大城遼平としていれる時間でした。それがとても嬉しかったんです。」

「店長さんと出会って、そこに来るお客さんともいろいろお話するようになって。それまでは学力の中で生きてきた。それ以外は負(ふ)、みたいな。勉強してたらいいよね、みたいな感じになっていたんです。でもそこで、全然違う価値観の人に会えた。芸能コースやスポーツ進学コース、生徒会長とか。いろんなことに打ち込んで本気になっている方々に、いろんなかたちで出会えたことで、自分の中の価値観が変質したんです。」

今でいうサードプレイス。自分が義務としていなければいけない場所ではなく、自分でいたい場所を選ぶという価値を学んだ。これが原体験となり、今のスタイルを作り出すきっかけになったのだという。

「何者でもない」焦りを、熱狂に変えてくれたカフェ「ivsi」の存在

入学した大学も有名校。そこは、再び彼に「自分が何者か」であることを要求する場所になる。

「大学に入ったらまた周りが面白いやつばかりで。勉強はもちろんできた上で、他のことに本気で打ち込んでいる人達ばかりだったんです。」

その中で、何者でもない自分に焦っていたという。サークルもいくつか通ったが、いまいち馴染めなかった。

その時に通ったのが、今はなくなってしまった大学近くのivsi(イブシ)というカフェ。

「通いすぎて、取り込まれました。お店の人になっちゃったんです(笑)。」

大学では研究を専門にしていたという大城さん。

研究の合間に接客にいったり、終わって片付けの手伝いに行ったりした。それがとても楽しかったという。

「ここではカフェの営業というより、運営に携わりました。コンセプトを持って何かを運営していくとはどういうことなのかを教えてもらいました。」

ivsiはブックカフェだった。本と人とを話しながらつなげる、人と人とのつながりを、相手のことを知ろうとして本を読むように、人と接する。店員とお客さんに壁がなく、人と人がつながる、という意味で i  vs  i  、 イブシ、という店名だった。

この空間がとても好きだった。

好きなものを通して、人と人とが語らえる場。

「この場所によって自分自身も経験して豊かになったし、立ち直ったり、豊かになったりする人達を見て、僕もいつかこんな場所を作りたい、と思ったんです。」

飲食を絶対にやるんだ、と思ったのは、このivsiの存在があったからだという。

大城さんは現在、様々な場所を借りて営業するというスタイル。

もともとivsiのあった場所で営業することもあるのだそう。

「戻ってきちゃったんです(笑)」

それは、誰かのための「居場所」を作りたいという情熱と、自身が進む道へのきっかけをくれた場所。

決して忘れることのない原点であり、大城さん自身にとって、「ありのままの自分」でいられる特別な場所なのかもしれない。

「正解」を押し付けない。僕がエンターテイメントを目指す理由。

「あなたに合った一杯、提供させていただきます」
キャッチフレーズに込められた想い

ノビシロ珈琲のこのキャッチフレーズには、その人の人となりを知りたい。という大城さんの想いも込められている。

「究極、『絶対に美味しい珈琲』はないと思っています。その日の体調、気分、価格だって関係する。特別な日に贅沢したい人には特別な一杯を、日常にホッとしたい人にはその時に最適な飲み物を。こちらの価値観(正解)を押し付けるのではなく、相手が『今日ここにきてよかった』と思えることこそが、僕の正解なんです。」

そしてこう続ける。

「珈琲屋はエンターテイメントと同じだと思ってるんです。ここに来た時間、ここで過ごした時間が一番幸せだったらいいなって。自分が出したいものが出せる場所。変態が変態でいられる場所。その時間を過ごせたらきっと、いろんなアミューズメントパークで過ごしたような楽しさをここでも感じてもらえるだろうなって。」

「ライバルはデ◯◯ニーランドです。」

冗談ぽく語っているがその眼差しは真剣だ。

そして、彼の眼差しの奥に、どんなお客にでも、誰もが「その人自身のまま」で最高に楽しめる時間を提供するという決意を感じた。

「ノビシロ珈琲」店名に込められた想い。「ノビシロしかない」と言われた日から見つけた、自分だけの道。

価値観、世界観の広がり:「ノビシロ」をお客さんにも体感してほしい。

お客さんに描いてもらったというノビシロ珈琲のロゴ。

驚くことに、もともと珈琲が苦手だったという大城さん。

しかし、1杯の珈琲との出会いで世界が変わった。

「僕が働かせていただくようになったお店の珈琲だったんですけど。それが華やかなベリー、鼻から抜ける香りが、上品なラズベリーやクランベリーだとか、とても丁寧で、え、なにこれってなって。珈琲ってこんなものだったのって思って、そこからバンっと世界が広がった。珈琲がある世の中と珈琲がない世の中とに分かれるくらい。それがとても楽しかったんです。」

それは、ivsiで出会った時刻表マニアの話を聞いた時の衝撃と同じだった。

「初めはただ時刻表の数字を追っているだけなのかと思っていたんです。
でもその人に話しを聞いたら、時刻表を見ながら頭の中で旅をしていた。え、こんな世界があったのかって。めちゃめちゃ楽しいなって思って。」

「苦手」だと思っていたもの、「理解できない」と切り捨てていたもの。それはただ、自分の視野が狭かっただけだと気づいた。

人の話を聞いて、頭の中をのぞいて、別の角度から物事を見れるだけで、こんなにも世界は変わる。

「これが広がっていくのって、どんだけ人生楽しいんだよって思って。価値観、世界観の広がりのことを僕はノビシロって呼んでて、それを、僕自身がもっともっと高めたいし、お客さんが来て、自分やお客さんと話しながら、その人の世界が広がるきっかけになってくれたら嬉しいなって思って、この名前にしたんです。」

「お前にはノビシロしかない」。"何もない"を最強の武器に変えてくれた言葉

大城さんはこうも続けた。

「補足なんですけど。ivsiの店長に、『お前はほんとに不器用で、何もないやつだから、お前にはノビシロしかない。』って言われて。僕名前がオオギっていうんですけど。大きいに城で。『お前はオオギじゃない、オオシロだ!』って言われて。途中からはノビシロくんって呼ばれてました。そのかけあわせもありますね。」

「何もない」。 それは、彼がずっと抱えてきたコンプレックスであり、焦りの源。 しかし、その瞬間にそれは「全てを吸収できる無限の可能性」という、最強の強みに変わった。

「何もない」からこそ、人の痛みがわかる。「苦手」だったからこそ、苦手な人の気持ちにどこまでも寄り添える。

最初は違う名称も考えたが、自分を表現する上で、「ノビシロ」以外にしっくりくるものがなかったのだという。

決して妥協を許さない、提供する珈琲とお酒

元々、珈琲もお酒も嫌いだった。だからこそ提供したい、その人への最適な一杯。

人と人とをつなげる空間を作り上げる大城さん。
そのトーク力もさながら、提供するドリンクにだって妥協を許さない。

入れるグラスによっても珈琲の味、感じ方は変化する。営業している場所にもよるが、大城さんは珈琲を入れるグラスの選択にも気を配っている。

「元々、珈琲もお酒も嫌いで、だからこそ苦手な人の気持ちも分かる。押し付けるのではなく、何がだめだったか。それを聞いて、それならこれはどう?というかたちで提供する。とくにハイボールなんかは、うちで飲めるようになった、という人にたくさん出会いました。

自分自身がそれぞれを飲めるようになったタイミングを全て覚えているから、それを話せるのも説得力の一つになっていると思います。話し始めるときりがないのでここで止めますね(笑)」

気になる方はぜひ来店して話を聞いてみてほしい。

「何もない」僕が、研究者として「120点」を追求する理由。

大城さんは、お客に合わせて、1杯数千円もする珈琲豆を扱うこともある。珈琲は、豆の種類はもちろん、お湯の温度、ドリッパー、フィルターなどでも全然味が変わってくる。それらを組み合わせて最適な1杯を生み出していく。

「以前は平均して80点くらいを出せれば良いと思ってたんですけど、今は120点を目指しています。」

大城さんは仕入れた豆の美味しさを最大限に抽出するための研究を怠らない。

大学時代に培った研究力を活かし、豆のポテンシャルを最大限に引き出すロジックを追求する。そのうえで、お客に合わせて抽出方法を変える。どこをどのように変えたらその日のお客の気分に合った珈琲が出せるか。

豆を分析し、その上で、その日の客の気分という「変数」を加えて最適解を導き出す。その真剣な眼差しは、もはや職人であり研究者だ。優れた抽出技術、研究心がないとなかなかできることではない。

日本各地から仕入れた大城さんの愛すべき珈琲達。仕入れる珈琲は、大城さんの繊細な舌で実際に飲んでその味を確かめた豆ばかり。大城さんがイベントやお店に直接赴き、お店の人と話し、自身のお店で提供する。ラインナップは常に変化する。「基本的に同じ豆は仕入れないので、飲めるのは今だけです(笑)」まさに一期一会。そのドキドキを味わうためだけにでも、このお店に足を運ぶ価値は十分にある。

大城さんは、酒ディプロマ※の資格の持ち主。ここでお酒の味を知ってしまって、他で飲めなくなってしまったというお客がいたほど。珈琲やお酒が苦手、という人こそこのお店にぜひ足を運んでみてほしい。※酒ディプロマ(SAKE DIPLOMA)」とは、一般社団法人日本ソムリエ協会(J.S.A.)が認定する、日本酒と焼酎の専門知識と技術を持つことを証明する資格

「儲からなくても、楽しい」やりたいを貫く先に、誰かの「居場所」が生まれる

お店に来られていたアーティストさんからもらったという絵。ここでお店を開く時は飾るようにしている。大城さんがどれだけ親しまれて、そしてその出会いを大事にしているか、その人柄が伝わる絵画達。

「正直、仕入れのこと、お金のこと考えると辛いです。今でも辛い(笑)。でも、それを上回るくらい楽しいんですよ。」

ノビシロ珈琲はその居心地の良さゆえに回転率が悪い。つまり儲からない。それでも今のスタイルにやり甲斐を感じ、来るものに居場所を与えることに楽しみを見出している。

「いつかは自分のお店を持ちたいですね。自分のやりたいことをかたちにして、自分だけの『城』を作ることが目標です。」

彼が築こうとしている「城」は、彼が「何者でもない」と焦っていた自分自身を、そして同じように悩む誰かを守る「砦」でもある。

特別な才能がなくてもいい。秀でた専門性が見つからなくてもいい。

「何もない」自分を嘆くのではなく、それを「ノビシロ」と呼び変え、目の前の人と真摯に向き合い、自分の「好き」と「やりたい」を貫き通す。

大城遼平という一人の人間の生き方こそが、ノビシロ珈琲が提供する、最高の一杯なのだ。

 彼の淹れる珈琲が、彼の創り出す空間が、あなたの「ノビシロ」を見つける貴重なきっかけになるかもしれない。

 この日も新規のお客さんとトークが止まらない。大城さんはたくさん話すが、トークは決して一方的ではない。その人思っていることや周囲をとりまく状況を少しのトークで瞬時に察知し明確に言語化してくれる。もちろん、静かに飲みたいときはそっとしておいてもくれる。

箱崎という土地について

大城さんの営業することの多い、箱崎という土地。ここはもともと、大学の時に住んでいた場所だった。
交通の便がいいのにも関わらず、未だ町家を残す数少ない情緒ある街、というのが好きなポイントだという。

箱崎の魅力がつまったTシャツ。みんなで何かをしよう、という箱崎の人たちの人と人とのつながりを感じる。

ノビシロ珈琲2周年を記念して販売するという、ロゴの刺繍が入った缶バッチ(箱崎で営業している、Maitake工房で作成)

ノビシロ珈琲の営業場所は曜日によって変わる。
詳しくはインスタグラムを確認
Instagram:@nobishiro_coffee

Instagramリール動画 https://www.instagram.com/reels/DRBty__EfnP/
動画制作:あい

ミライのアナログについて

今回撮影許可をいただけたのは、ミライのアナログという会員制の貸し施設。
様々な人が場所を借りて、自分の表現ができる場所。
VR、ARやSNSなど電子化されたものが普及していく中で、人と人とのつながりや、実際の体験をその空間を通して体感してもらいたい。ミライにも受け継がれていくであろうアナログ的なものを大事にしている、そういう人々を集めた空間。

この記事の執筆者

表現することが好き。
周りの人々に助けられて生きる日々。

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ノビシロ珈琲大城遼平

福岡県箱崎。
「あなたに合った一杯、提供させていただきます」をキャッチフレーズとして移動式のお店を営業する店主。人を惹きつけるトーク力と、優れた珈琲の抽出技術を持ち、人と人とをつなぐ空間を自然と創り出す。

このお店の営業スタイルを貫く背景には、過去に本人の感じていた「自分は何者でもない」という焦りがあった―――。

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