「絵は、想いの翻訳だから」 ひた向きに駆けた情熱を“インク”に変えて。イラストレーター・ユウコチカが描く、心のかたち。

「今度お茶行きましょう!」
人が行き交い続けるZINEフェス熊本の会場で、二言三言交わした彼女はそう言って、カラフルな名刺を広げた。

「好きな色を選んでくださいね!」

透明な名刺越しに見えたのは、肩書きだけでは語れない気配。
これが、イラストレーター・ユウコチカさんとの出会いだった。

ユウコさんなのか。チカさんなのか。
名刺のQRコードから飛んだ先のプロフィールには、「父はバナナの色付け師」とある。
プログラマー、カナダでの就労、ゲストハウス、バナナジュース屋、そしてイラストレーター。
何から聞けばいいのかわからないほど、彼女の人生は多層的だった。
なぜ今、イラストレーターという職業を選んだのだろうか。

憧れが強すぎて、諦めた世界

高校生の頃、ゆずのアルバム『すみれ』のブックレットを見て、「こんな表現があるんだ」と衝撃を受けた。
クレジットに記されていた“河原光”の名前。そこで初めて、グラフィックデザイナーという仕事を知る。
しかし、グラフィックデザイナーはデザイン系に特化していないと進めない道だと思い込んでいた。

周りにいたのは、絵が得意な同級生、美大を目指す友人たち。
進学率100%の高校に通っていたこともあり、「進学以外の道は考えられなかった」と振り返る。

デザインへの憧れには、蓋をしたまま。

国際分野や環境問題に興味があった彼女は、英会話スクールのスタッフに勧められ、山口大学教育学部国際文化コースへ進学。
ドイツ語を専攻しながら、リンガラ語など様々な言語に触れ、農業体験をし、バームクーヘンを作り、土器も作った。
在学中には半年間休学し、カナダへの留学も経験。

「もう一度カナダに行きたい」。
そう思いながら迎えた卒業は、リーマンショック直後。就職氷河期だった。

「必要とされる自分」でいなければ

地元の会社に入社したところ、配属されたのは想像もしていなかったシステム開発部。職種はプログラマーだった。

「パソコンのことは全然分からなくて、プリンターも繋げられなかったです」と、彼女は笑う。
そんな周囲の期待に応えるように、必死に食らいついた。
気づけば6年。30歳が近づいた頃、ふと立ち止まった。

「私は何も成し遂げていない。誇れるものが何もないなって。もう一度カナダに戻って、海外で何か見つけたいって思ったんです」。

彼女は会社を辞め、ワーキングホリデーでカナダへ向かったのだった。
トロントでカフェのバリスタとして働き、その後は有機農家を巡りながらカナダを横断。

帰国後は下関のゲストハウスで働くことになる。
英語対応を一手に引き受ける一方、韓国からの宿泊客が多く、言葉の壁に直面する。

「必要とされている状態で、できない自分はダメだってなっちゃうんですよ。出来ないことに目が向いちゃって」。

必要とされているならばと、韓国語を学び資格も取得。
ゲストハウス立ち上げ時から、カフェメニューのレシピ研究にも没頭した。

「人にお願いするっていう発想がなくて、自分でどうにかしないとって」。

食事を摂ることを忘れてしまうほど、仕事にのめり込むこともあった。
同じように、がむしゃらに働いている同世代の友人たち。
朝食を食べられる店がなく困っているゲストハウスの宿泊客。
そんな人のために、手軽に栄養が摂れるものがあればいいのに。
そう考えたときに浮かんだのが、バナナジュースだった。

社長の後押しで、ゲストハウス併設のカフェからスタート。
仲間の協力を得ながら、2019年6月、バナナジュース専門店「バナナチカ」をオープンした。

せっかくなら体にいいものをと、バナナジュースの材料はバナナと牛乳だけ。
早朝営業も相まって、店はすぐに愛される存在になった。

「カップに貼るシールを発注するのに飽きて、自分でイラストを描くようになったんですよね」。
イラスト入りのカップを集める人も現れるほど、お客さんの心を掴み、その後の仕事の依頼にも繋がるきっかけとなった。
しかし、ハードな働き方と、コロナ禍の影響で、2020年12月にバナナチカは閉店した。

上ばかり見ず、目の前の人から

お店のことで悩んでいた時、友人から『やりたいことないの?』と聞かれたが、何も出てこなかった。

親の手術の待ち時間、ノートに描いたPHSや靴。
手術が終わった先生に「それ自分で描いたの?すごいね」と言われたが、半信半疑だった。
SNSに載せてみると、当時参加していたコミュニティ”コルクラボ”の仲間たちから、『もっと見たい』という声が届いた。

世の中には絵が上手い人はたくさんいる。これを仕事にする理由がない。
そう思っていた彼女に、友人は言った。

『上ばかり見すぎ。まずは目の前の人を幸せにしてみたら?』
その声が背中を大きく押した。
「絵を描きたい」。次に選んだのは、憧れが強すぎて諦めたあの頃の夢だった。

イラストは、言語。

初めて絵の仕事を依頼してくれたのは、住み込みで働いた、たいやきカフェ“あまねや”さん。

そこからイラストレーターとしての活動は広がり、2024年4月、イラストレーター・ユウコチカとして独立した。

チカはウクライナ語。『名詞につけると”◯◯ちゃん”のように、言葉が可愛くなる』と、ウクライナ人の友達が教えてくれたという。

「バナナチカも、最初はバナナちゃんっていう店名にしたかったんですけど、日本語だとストレートすぎるかなって。もうお店は辞めちゃったけど、お客さんにまた会いたいという気持ちから活動名に”チカ”を入れたくて」。

ユウコチカさんにとってイラストとは何なのか尋ねてみた。

「誰かが伝えたいことを汲み取って、世の中に伝えるものだと思ってます。英語が好きなのも、そういうことなんですよね」。
語学、接客、必要とされる場所で積み重ねてきた経験。すべてが線のように今へと繋がっている。

「来年はデザインの学校に通うんですよ」。
クライアントワークが好きだと話す彼女は、何が必要とされているのかを見つけ出し、学ぶことを惜しまない。責任感の強さは彼女らしさでもある。

そしてこうも語る。
「いつか、またバナナジュース屋さんもやりたいんですよね。会うと決めないと会えない世界じゃなくて、ふらっと来てもらえる場所を持ちたいなぁって」。

ユウコチカさんの人生は、一直線ではない。それでも止まらず、選び直しながら歩いてきた。
人の痛みを知っているから、優しい絵が描ける。 伝える難しさを知っているから、伝わる絵が描ける。

彼女は単なる絵描きではない。
あなたの頭の中にある「モヤモヤとしたイメージ」や「うまく言葉にできない熱量」を、丁寧にすくい上げ、色鮮やかな「かたち」にしてくれる翻訳者なのだろう。

「何か始めたいけれど、形にならない」 「想いはあるのに、伝わらない」

そんな時は、ぜひユウコチカさんに声をかけてみてほしい。 

彼女はきっと、あの日のように名刺を広げ、「どんな色にしましょうか?」と、あなたの心に一番似合う色を見つけ出してくれるはずだ。

ポートフォリオ(作品集):forio
note:https://note.com/yukochka
Instagram:https://www.instagram.com/yukochka_illust/

この記事の執筆者

自他ともに認める"検索魔"。パソコンとスマホは手放せません。
知らないことを知るのが大好き。旅と人生の話を聞くのも好き。
好きが高じて世界一周してきました。

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イラストレーターユウコチカ

山口県出身。
月4〜5回は劇場に通うほどのお笑い好き。小さい頃からお笑いが好きで、芸人さんに憧れた時期もあった。

思わずお腹が空く&心がじんわり温まるZINE「セーブポイント」は、ぜひ一度手に取っていただきたい。

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