未来に届ける“人の営み” 創り手と伴走しながら、新しい文化の芽を育てる「Y’ALL WALL(ヨールウォール)」瀬口賢一さん

本屋に並ぶ雑誌の棚で、ふと目に入る「ありがとう最終号」の文字
ついこの間まで当たり前のようにあった雑誌が、気づけば静かに姿を消している。
そんな光景は、今では珍しくない。
インターネットの普及とともに、雑誌の種類はみるみる減り、必要な情報は手のひらの小さな画面をスクロールすれば手に入る。
現場に足を運ばずとも、世界のあらゆる情報を知ることができる時代。
便利さの裏で紙に触れる機会は確実に減っていった。
この変化をもっとも近い場所で、もっとも深く体感してきた人がいる。
福岡市中央区大手門でリソグラフ印刷所「Y’ALL WALL (ヨールウォール)」を営む、瀬口賢一さんだ。

人懐っこい笑顔と柔らかな口調。
相手の話を丁寧に聞き、自然とその場に安心感を生む。
しかしその穏やかさの奥には、紙の文化が失われていく現場を歩き続けた長い時間がある。
紙からネットへ。編集長として、営業として、身体で感じた時代の変化
瀬口さんは熊本のタウン情報誌の編集長を務めていた。
紙の雑誌が“文化の入り口”だった時代。
「自分の趣味嗜好は雑誌に育ててもらった」と語るほど、雑誌の世界に魅了されていた。
しかし、雑誌社に入社してすぐに気づく。
編集の仕事は決して華やかなだけではない。
「地方誌は広告費を自分たちで取ってこないと雑誌が作れなかったんです。昼は営業、夜は編集。撮影も取材も全部自分でやっていました」。
知らない店に飛び込み、街を歩き回り、広告費を集める。
“営業かよ、こんなはずじゃなかった”
そう思った日もあった。
けれど、ある瞬間に気づく。
「これは営業ではなく編集だ。自分が書いた記事に、お金がついてくる」

その気づきが、仕事を“苦しいもの”から“面白いもの”へと変えた。
26歳で編集長に抜擢され、15名のチームを率いた。月130ページの雑誌を毎月つくる日々。
企画会議、編集会議、取材、撮影、校正__。
自分の考えで人が動き、雑誌が形になっていくことが心から楽しかった。
しかし、インターネットの波は容赦なかった。
「ある日突然言い渡されるんです、『明日から会社はもうないよ』って」。
紙の雑誌は次々と姿を消し、仲間も別の道へ進んでいった。
その現実を3度も経験した。
紙の文化が静かに消えていくのを、瀬口さんは“現場の真ん中”で見続けてきたのだ。
「手紙」をテーマにした文房具店。紙の文化を守るための小さな拠点 :Linde CARTONNAGE(リンデ カルトナージュ)
2014年、独立を決意し、文房具店「Linde CARTONNAGE(リンデ カルトナージュ)」を開いた。
「独立するんなら、普通の編集事務所を立ち上げるだけじゃ面白くないよなって思ったんです」。
ペンを走らせる音、紙の質感、誰かに届ける言葉。
“手紙”というキーワードが自然と浮かび、
“自身の思いをカタチにする場所”をつくることにした。

店内には紙やインク等の”手紙”をテーマにした文房具が並ぶ
知人に紹介された不動産屋に連れられて訪れた大手門のビル。
その空気に惹かれ、すぐに気持ちを固めたという。
「隣も半年前に立ち上げたばかり。歳も近いから気が合うと思うよ。
2人でこのビルを盛り上げていってね、って」。


Linde CARTONNAGE店内写真
その言葉の通り、今ではこのビルは、文房具店、セレクトショップ、そして1階のリソグラフ印刷所が並ぶ、小さな文化の拠点になっている。
韓国・乙支路で出会った「リソグラフ」。紙の未来を変える一台
瀬口さんがリソグラフに出会ったのは、韓国・乙支路(ウルチロ)の印刷所「CORNERS(コーナーズ)」。

手軽にこんな美しい表現ができる!という企画展。ここでは、CORNERSで買ってきたたくさんの書物・ビジュアルを紹介した。
「小さな雑居ビルの中で、驚くべきアーティスト達の作品が今まさに目の前で印刷されていたんです」。
鮮やかな発色、版画のような質感、紙との相性。
そのすべてが新鮮だった。
現地の人にこう言われた。
「なんで日本の人はこれをアートに使わないの?」
その言葉が胸に残った。
日本のメーカーに交渉し、アート用途での導入を実現。
こうして「Y’ALL WALL(ヨールウォール)」は誕生した。
創り手と伴走する印刷所。「みんなの壁」が生む文化:Y’ALL WALL(ヨールウォール)

Y’ALL WALL(ヨールウォール)ー「みんなの壁」。
名前の通り、ここには若いアーティストが自然と集まる。
作品の相談をしたり、色の重ね方を試したり、
壁に作品を貼ってみたり。
「自分が前に出るより、若い人が頑張る姿が美しいと思うようになったんです」。
文房具店だけでは出会えなかった人たちが、
印刷所という“受け皿”によって集まってくる。
デジタルの時代に、アナログの表現を試せる場所。
相談できる場所。
挑戦できる場所。
瀬口さんは、創り手の背中をそっと押しながら、紙の文化を未来へつないでいる。
大嵐の初回から始まった、文化をつくる挑戦
:NEWGRAPHY FUKUOKA ART BOOK EXPO(ニューグラフィー福岡アートブックエキスポ)
2021年、瀬口さんは「NEWGRAPHY FUKUOKA ART BOOK EXPO(ニューグラフィー福岡アートブックエキスポ)」を立ち上げた。
ZINE(ジン)やアートブックを中心に、国内外のアーティストが集うイベントだ。
きっかけは、印刷所に寄せられる「ZINEを作りたい」という相談だった。
「福岡には、個人の出版物を発表する場所がないな。」
そう思い、仲間に相談すると話は一気に進んだ。
有名雑貨店の社長がスポンサーとなってくれたことで、企画が動き出す。

2025年開催時のメインビジュアル。大濠公園からすぐのArtist Cafe Fukuokaで開催された。
しかし、初回は“最悪の事態”だったという。
開催4日間のうち3日間が大嵐。
半屋外の会場は雨漏りし、3日目の午後は中止。
批判も受けた。それでも瀬口さんは言う。
「継続していく先に、きっと新しい文化はうまれていくから」。
その言葉の通り、イベントは年々規模を拡大し、今では市の助成も受けるほどになった。

2025年開催時の様子。5種類の印刷機が持ち込まれワークショップも多数開催。連日多くのお客さんで賑わった。
“面倒くささ”の先にある、人間らしさ
文房具店、印刷所、イベント主催___。
瀬口さんの行いは、一見バラバラのようにも見える。
しかし、その根底には一つの思いがあるように思われる。それは
「“人間らしさ”を未来につなぐこと」
紙の質感を肌で感じること。
インクが紙にのる瞬間を目の当たりにすること。
人と直接会って対話し、交流すること。
デジタルの時代に遠のきがちな“実感”を、
もう一度取り戻すための行い。
「面倒くさい」と思われるかもしれない。
でも、その“面倒”の先にある“実感”こそ、
人が本来持っている、忘れてはならない営みなのだ。
ブルとブラが届ける「書く理由」。紙に書くという行為の未来

瀬口さんは今、新しい試みを始めようとしている。
文房具店の番人だったうさぎのぬいぐるみをモデルにした、
ブルとブラという2体のキャラクター。
「読み物としての1枚ものを、1ヶ月に1枚作る。
ある程度たまったら冊子にするつもりです」。
その発信役として、ブルとブラは誕生した。
テーマは、“なぜ人は書き続けるのか”。
“紙に書く”この行為は、忙しい日常の中で少しずつ失われつつある。
「webに保存すればいいことなのに、なぜ紙に書くのか。その理由を紙を通して伝えたいんです」。

イラスト化されたブルとブラ
「今まで書いていなかった人の、新しい表現が見つかるかもしれない」。
紙の文化を未来へつなぎ、新しい文化の芽を育てたいと話す瀬口さん。
そこには、普段の柔らかな雰囲気とは異なる強い意思が垣間見える。
ー紙の温度に触れに行ってみませんか?

Y’ALL WALL(ヨールウォール) 、Linde CARTONNAGE(リンデ カルトナージュ)は、
ただの印刷所でも、ただの文房具店でもない。
- 紙の手触りを思い出す場所
- 自分の表現を試せる場所
- ZINEづくりを相談できる場所
- 創り手が自然と集まる場所
そして何より、
「残されていく情報」をつくる場所。
もしあなたが、
「何かをつくってみたい」
「ZINEを作ってみたい」
「紙で表現してみたい」
そう思ったなら──
大手門のY’ALL WALLを訪れてみてほしい。
瀬口さんは、きっとあなたの話を丁寧に聞き、
一緒に“最初の一歩”を形にしてくれる。
お店の情報
●Linde CARTONNAGE(リンデカルトナージュ):文房具店
Instagram @linde_cartonnage
Online shop https://linde-cartonnage.stores.jp/
●Y’ALL WALL(ヨールウォール):リソグラフ印刷所
Instagram @yallwall_printing
HP https://yallwall.jp/
住所:福岡市中央区大手門1丁目8-11
TEL:092-725-7745
定休日・営業時間はHP、SNSで確認
●NEWGRAPHY Fukuoka Art Book Expo(ニューグラフィー福岡アートブックエキスポ)
Instagram @newgraphy_artbook
開催時期や場所はSNSで確認
Y’ALL WALLで開催されたZINE作り✕リソグラフ印刷ワークショップについてのコラムはこちら
この記事の執筆者
福岡市大手門。
福岡城が望めるこの場所で、Linde CARTONNAGE(リンデ カルトナージュ)という文房具店、Y’ALL WALL (ヨールウォール)というリソグラフ印刷所を営む瀬口賢一さんがいる。
彼はまた、ZINEやアートブックを中心に国内外のアーティストが集うNEWGRAPHY FUKUOKA ART BOOK EXPO(ニューグラフィー福岡アートブックエキスポ)というイベントも開催している。
一見するとバラバラのように見えるそれらの行いは、未来の私たちが決して忘れてはならない営みを届けてくれていた___。
natunami 絵画展『海と暮らしとARTと。』
アーティスト『natunami』さんの個展が、GW期間中に糸島で開催。
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日時|2026年4月29日(水)〜 5月6日(水)
時間|11:00〜17:00
場所|Torre Dos Cielos(糸島市志摩野北1320-8)
【開催終了】アートなガーデンパーティ
あそんで!つくって!たべて!きいて!
春の庭が、たのしいあそび場に✨
日時|2026年4月4日(土)
時間|10:00-16:00
場所|Grandma house(糸島市志摩桜井4226-4)
【開催終了】第7回こもはろマルシェ
手作りの魅力を楽しみ、お気に入りを見つけよう!
日時|2026年3月28日(土)・29日(日)
時間|11:00-16:00
場所|糸島市運動公園(糸島市蔵持686-1)









