国境を越えてつなぐ、韓国伝統工芸「セクシルヌビ」“好奇心”から始まった中村順子さんの手仕事。

静かな住宅街を抜けた先にあるマンションの一室。 扉を開けると、外の静けさとは少し違う、やわらかな空気が流れていた。
自然光が差し込む部屋には、鏡台、枕、巾着袋── 色とりどりの作品が整然と並んでいる。 どれも、手で積み重ねられた時間がそのまま形になったような佇まいだ。

「これはですね…」
作品を前に、中村さんはゆっくりと言葉を選ぶ。 数日前に個展を終えたばかりだという。韓国独特の鮮やかな色彩と、息をのむほど細かな針目。 日本ではあまり見かけないその美しさに、自然と視線が吸い寄せられた。


“きれいだな”から始まった小さな揺れ
「SNSでちょうど見つけて、きれいだなと思って」。
その言葉はとても何気ない。 けれど、その“きれい”は一瞬で消えるものではなかった。
もともと手芸が好きで、長く続けてきた中村さん。 「行動にうつすまでに少し時間がかかるんです」と照れたように話すが、 その時だけは、静かに、でも確かに心が揺れたという。
「自分でもやってみたいなって思いました」。
理屈ではなく、気づけばそう感じていた。
時間が経ってもその気持ちは薄れず、むしろ輪郭を持ちはじめていった。
韓国文化との出会いと、深まっていく興味
2011年頃、韓国文化に興味を持ち始めた中村さんは、 ポジャギ(韓国の風呂敷)に出会う。 布をつなぎ合わせた美しいデザインに惹かれ、学び始めたその先で、 セクシルヌビを知った。
韓紙をねじって、こより状にし、二枚の布の間に挟み、 色とりどりの絹糸で縫い上げていく。 砧打ちで艶を出した布と合わさることで、その美しさと同時に丈夫さを兼ね備える。
「最初は、“こんな技法があるんだ”という驚きでした」。
美しいものを見て終わるのではなく、 その奥にある技法や時間に意識が向く。
どうやって作るのか。 なぜこんな質感になるのか。 その問いは自然と「やってみたい」へ変わっていった。
言葉も通じない韓国へ

セクシルヌビへの興味が高まる中、SNSで見かけたのが、第一人者・キム・ユンソン先生の作品。 2016年、ソウルでの展示会を知り、韓国旅行中の妹に図録(展覧会カタログ)を頼んだ。
名刺ももらい、連絡を取ってみたいと思いながらも、しばらくは躊躇したという。
「最初は、体験も断られてしまって」。
それでもメールを書き続け、何度も想いを伝えた。 自分のこれまでと、やってみたいという熱意を言葉にして。
「ここまで続くとは正直思っていませんでした。ただ、縫い方を知りたいという気持ちが強かったんです」。
言葉も文化も違う。 それでも“深く知りたい、作ってみたい”という好奇心が背中を押した。
本来の自分なら容易に行動に移せなかったことも、 ひとつ、またひとつと重ねて、遠く離れた異国の門を叩き続ける。
想像以上に難しい技術と、向き合う時間
2016年11月、ようやく韓国でレッスンを受けることができた。
目の前にあるのは、ただの布と糸。 けれど、その一針が思うように進まない。
紙紐を芯にして縫い進める独特の技法。 針の角度、糸の引き方、力の加減── そのすべてが、これまでの経験とは違っていた。
「韓国は針を自分に向けながら縫っていくんです」。
頭では理解していても、手がついてこない。 同じ動きをしているつもりでも、仕上がりは揃わない。 指には何度もたこができた。
「でも、先生の指はとても綺麗なんですよ。余計な力が入っていないというか」。
セクシルヌビは、効率とは対極にある手仕事だ。
便利さや速さが求められる今の時代に、あえて時間をかける。だからなのか、この技法を知る人は韓国でもさほど多くはないのだそう。
それでも、手間をかけることそのものが作品の魅力になっていく。
整然と並んだ糸の線にはわずかな揺らぎがあり、その揺らぎが、機械では生まれない光沢や表地の雰囲気を生む。


“できない”から“できるかもしれない”へ
会社員として働きながら、数ヶ月に一度ソウルへ通う生活。
限られた時間の中で学び、日本に戻ってはひとりで向き合う。
気づけば、それが10年続いていた。
「苦ではなかったですね。海を渡って、韓国伝統様式の建物内で、 何を言っているかわからない言葉が飛び交う中、 黙々と作業する時間が幸せなんです」。
うまくできなくても、理解できなくても、 その場にいること自体が意味を持っていた。
キム先生は、日本から通う中村さんのために、 朝10時から夜10時まで、作品が完成するまで教えてくれたこともあった。
「本当に信頼できる先生で、ずっと恩を返したいと思っています」。
2回目の渡韓からは、キム先生の弟子であるペ先生が通訳をしてくれた。
周囲の支えがあったからこそ続けてこられた── その言葉を、中村さんは何度も繰り返した。
技術を“つなぐ”という選択
2017年から韓国のセクシルヌビ会員展に参加し、経験を積み重ねる中で、 道は少しずつ開けていった。
2024年には福岡で教室をスタート。 対面・動画レッスン・ワークショップなどを通して、その技法を広く伝えている。
「受け取った技術を、次の誰かへ。そこには、恩をつなぐという想いもあります」。
学ぶことと、教えることは違う。 教えるには、また別の根気と覚悟が必要だ。 それでも中村さんは、その道を選んだ。
韓国で受け取ったものを、日本でつないでいく。 中村さんは、その橋渡しのような役割を静かに担っている。
「SHIRU」に込めた想い
中村さんが開いたセクシルヌビ教室の名前は、「SHIRU」。それは、妹が名付けてくれたのだそう。韓国語の“糸(シル)”と、日本語の“知る”を重ねた名前だ。
「すぐに、いい名前だな、って思いました」。
展示の準備、説明文の作成、SNS発信── 妹はずっと隣で支えてくれた。
決して自分だけの一歩ではない。「SHIRU」は、姉妹の歩み、そして叶えたい想いを、一緒にカタチにした空間なのかもしれない。
10年の節目に開いた初めての個展


セクシルヌビに出会って10年。 広めたい気持ちと節目の意味を込めて、 2026年3月、初めての個展を開催した。
「“おめでとう”って言われて、気恥ずかしさの中にもうれしさがありました。 飾られて、作品たちも喜んでいるんじゃないかなって思います」。
どの作品にも、積み重ねた時間と想いが宿っている。
“好奇心”は人を動かし、変えていく
「最初はただ無心になれる趣味でした。でも今は、この素晴らしさを伝えたいという想いで縫っています」。
その言葉には、10年という時間の変化が静かに込められていた。
好きなものに出会うこと。それを続けること。その積み重ねが、人を動かし、思ってもみなかった場所まで連れていく。
「50代でも、勢いと熱意があれば、言葉や国境の壁も越えることができます」。
それは誰かを励まそうとしている言葉ではなく、 歩いてきた道の先で自然にこぼれた実感なのだろう。
静かな部屋の中で、今日も中村さんは針を動かす。 その一針一針には、重ねてきた10年の時が深くにじんでいる。
その時間ごと、そっと手渡すように。新たな“好奇心の芽”を育んでいく。
【紡ぎ手の添え書き】
セクシルヌビの一針に挑戦してみた

中村さんへの取材後日、ninatte九州のライター・すずかんが、ワークショップに参加させていただいた。
一日体験では、一枚の布に縦線で刺繍を重ねていく。
一見シンプルに見える工程だが、針を持った瞬間、その難しさに気づく。
思い出したのは、小学生の家庭科で感じたあの苦手意識。うまくできなかった記憶。どこか自分には向いていないと決めつけていた感覚。
けれど、中村さんの前では、その不安が不思議とやわらいでいった。
「最初はできなくて大丈夫ですよ」。
その言葉の通り、できないことを責められることは一度もなかった。
むしろ、つまずいた瞬間こそを大切にしてくれる。どうしてできないのか、どこで手が止まったのかを一緒に見つめてくれる方だった。
中村さんの手元に目を向けると、その理由が少しわかる気がした。
まち針をすっと差し、迷いなく針を進めていく。その動きには一切の無駄がなく、まるでミシンのように正確で、見ているだけで息をのむほど美しい。
私がひとつの工程に時間をかけている間に、中村さんはすでに次の工程へと進んでいる。
その差に圧倒されながらも、不思議と焦りはなかった。それは、「比べる場」ではなく、「育てる場」だったからなのだろうか。
幼いころの苦手な気持ち。それは、周囲と自分を無意識に比べることで生まれていたのかもしれない。
実際にやってみると、難しいはずの作業も、中村さんの手つきから、どこか簡単そうに見えてくる。
長く続けてきた人の技術は、ただ上手いだけではなく、“そう思わせる力”がある。
教え方にも、その人柄がにじんでいた。
韓国の伝統工芸であるセクシルヌビは、日本の裁縫とは針の使い方ひとつとっても違う。戸惑う場面も多かったが、「ここ、日本人の方がつまずきやすいんです」と、先回りするように声をかけてくれる。
ただ説明するのではなく、相手の目線に立って、理解できる言葉に置き換える。その姿勢に、中村さんのやさしさと「教える」ことへの誠実さを強く感じた。
そして何より印象的だったのは、語る言葉の中に、常に“誰か”の存在があること。
セクシルヌビを教えてくれた師匠への敬意、支えてくれた人への感謝。
「自分一人ではここまで来られなかった」
取材中にも度々お聞きした言葉だ。
ワークショップの空気は、どこかあたたかかい。常に安心感があり、初めての人でも自然と馴染める雰囲気がある。緊張していたはずなのに、気づけば夢中になって針を動かしていた。
途中の休憩時間には、妹さんが用意してくれた手作りのお菓子が並ぶ。
その話をする中村さんの表情はどこか誇らしげで、嬉しそう。お互いの“好き”を尊重し、支え合う雰囲気が伝わってくる。
一人で完成させる作品でありながら、その背景には確かに「チーム」がある。そんな温度を感じられる時間でもあった。
そして最後、作品が完成したとき。あれほど苦手意識を持っていたはずの裁縫に対して、「自分にもできた」という小さな明かりが灯った。
きっとそれは、技術を教えてもらったからではない。できるまで寄り添い、認め、やさしく背中を押してくれたから。
中村さんは、その人の“可能性”を信じて、自信を引き出してくれる人だと感じる。
【韓国伝統工芸セクシルヌビ 福岡教室SHIRU】
Instagram:https://www.instagram.com/sekushiru.fukuoka




