過ぎ去る「コーヒーのいい時間」を残す。コーヒーフィルター再生紙『こぱりペーパー』高野里香

紙は手で作れる、ということをご存じだろうか。
繊維を水に溶かし、それを掬い上げ、完成させる。それが紙漉きと呼ばれる、伝統的な和紙の作り方だ。
当然、手間がかかるし、簡単な作業ではない。

その紙漉きを、コーヒーフィルターを使って行っている人がいる。『こぱりペーパー』高野里香さんだ。
彼女は、コーヒーを淹れる時に使われたフィルターを原料として、ハガキサイズの紙やしおりなどを製作している。商品は、委託している珈琲屋や、イベント開催時に販売されているのだそう。

なぜ、わざわざ手作りで紙を?どうして、コーヒーフィルターで?
「黙々とする作業は、特別好きというわけではない」という高野さんの、原動力は一体どこにあるのか。
「こぱりペーパーは、自己表現なんです」。
そう言いながら、高野さんは二杯目のコーヒーを注文する。
彼女のお話を伺う中で見えてきたのは、コーヒーが生み出す多様な『よさ』への高野さんの愛。そして、『過ぎ去る時間を大切にすること』の意義だった。
一杯のコーヒーで、明日が楽しみになった高校時代
コーヒーと高野さんの繋がりは、高校時代に生まれた。
音楽が大好きだった高野さん。
好きなアーティストがコーヒー好きだったのをきっかけに、自分も飲むようになった。
最初はスティックタイプの、お湯を注ぐだけの簡単なもの。次第に、苦さを調整したくなる。豆から淹れてみたいと思うようになるまでには、そう時間はかからなかった。
「地元の熊本・天草には、当時はそれほどカフェがありませんでした。自家焙煎となると、数えるほどしかなくて。だからもう、売ってあるところに行くしかなかったんです」。
足繁く通い詰める高校生が珍しかったのだろう。何度も原付に乗って顔を出しているうちに、お店の人たちとの関係も深まっていった。
「人との繋がりを深めるときに、ご飯を一緒に食べるって重要ですよね。でも、当時は食事がきつかった時期で」。
「そういうときでも、コーヒーを飲めたら人と繋がれたんです」。
コーヒーを通じて、家と学校以外に、新たなコミュニティができた。
明日がもっと待ち遠しくなる日々になった。一杯のコーヒーが繋いだその空間のおかげだ。

「通っていた高校は、食品系の学科でした。でも自分には、パティシエや調理は難しいなと感じていて。周囲にそういう道に進む人が多かった中で、悩んでいた時期でもあったんです」。
「学校で選べる仕事の幅って、田舎だとより狭かったというか。そこに、コーヒーっていう、考えてもみなかった選択肢がポンって自分の中に入ってきて」。
こういう大人もいるんだ、と視野が広がるような機会もあり、今までにない刺激を受けたという高野さん。
そして、天草で開催された陶磁器のイベントで、大きく影響を受けることになる人物と出会う。東京から来ていた、「東京の名店」と呼ばれている『大坊珈琲』の大坊さんだ。
あまりに綺麗な所作と、空間を引き連れるような雰囲気に、高野さんは飲み込まれるように夢中になった。その味の方向や、作り出される雰囲気にも感銘を受けたという。
コーヒーにはこんなこともできるのか。誰かの居場所になることも、誰かの世界観の表現になることもできるのか。
高野さんは、コーヒーという飲み物と、その一杯の懐の大きさ、繋がり、空間、すべてに魅了された。
「自分でコーヒーを淹れるようになってからは、もうどんどんはまりました。朝、家でコーヒーをいっぱい淹れて、クラスや職員室で配ったりして(笑)」
気付けば高野さんは、コーヒーで人に楽しんでもらうことを楽しむようになっていた。そうして自然と、より多くの人が集まる福岡の地で、珈琲屋として働くようになった。
コーヒーフィルターという、『いい時間』の証拠
こぱりペーパーが生まれた背景には 、『ふたつの体験の蓄積』が関わっていた。
ひとつは、朝倉で偶然見た和紙工房。
「朝倉は和紙が有名ですが、その時は和紙目当てじゃなくて、普通にあの辺の風景を楽しもうと思って出かけたんです。そこで偶然、和紙処を見つけて」
和紙漉き体験は、予約なしではできない。しかし、工房を見せてもらえることになった。
「『紙を手で作る』なんて、考えたことがなかったから、すごいなと思いました。使い込まれた道具とかも含めて、とにかくかっこいい空間だったんですよね」。
かといって、「じゃあ今すぐ私もやってみよう!」となったわけではない。
ただ、「紙漉きっていいな」と思った経験が、高野さんの頭の中に蓄積された。

もうひとつは、勤務先がテレビ出演をきっかけに繁忙を極め、
毎日大量に溜まっていくコーヒーフィルターを目にしてきたこと。
「本当に忙しくて、外まで人が並ぶぐらいになったんですね。1日中、コーヒーフィルターで抽出していました。そうなると、フィルターがすごいたまるんですよ。それを毎日毎日見ていて」

一般的に、コーヒーの抽出かすは、肥料などに再利用されることがある。
しかし、フィルターはただ捨てられるだけだ。
そのことに対して、特にネガティブな感情はなかった。フィルター自体は、きちんと物としての役目をまっとうしている。もったいないな、とも思わなかったという。
ただ、「こんなに溜まるんだな」という事実が蓄積された。
ちょうど手元にあった、尊敬している珈琲屋同士の対談本でも、フィルターの使い捨てについての憂いが掲載されていた。気付けば頭のどこかで、どうにかならないかと考えるようになっていた。

そこで、コロナ禍となる。
ロックダウンという言葉がメディアを飛び交うようになり、高野さんは、一時的に実家に帰ることに。
時間ができても考えるのは、コーヒーのことだった。そして、ふと思い立つ。
すごく余っていたフィルター……あれで、なにかできないかな?
「コーヒーフィルターって別に油物を濾してるわけじゃなければ、誰かが口をつけたものでもないんですよね。純粋に、ただコーヒー染めされただけの紙だったんです」。
フィルターについて考えているうちに、ある気づきを得た。
コーヒーは消えるタイプの嗜好品だ。飲んでしまえば何も残らない。でも、あのフィルターは。
「あれってもしかして、一杯のコーヒーを通してすごくいい時間が存在していたっていう、証拠が染み込んでる紙なんじゃないかな?と思って」

その紙で、あの朝倉で見たような紙漉きをしてみたら、どんな風になるんだろう?
好奇心に突き動かされて、通販サイトで紙漉きセットを購入した。小学生の自由研究で使われるような、お手軽なものだ。

フィルターをちぎる。それを水に溶かし、掬い上げる。
これで合ってるのかな?と、おっかなびっくり、初めて紙を作ってみた。
できあがった紙は、フィルターの独特な手触りと、コーヒーに染まった色で、好みの風合いに仕上がった。

コーヒーを通して誰かが楽しんだ『いい時間』。高野さんが敬愛しているその時間が、新たなかたちとして生まれ変わった。この手でかたちに出来たのだ。
コーヒーペーパーリサイクル(Coffee Paper Recycle)。
頭文字を組み合わせて、こぱりペーパーが誕生した。
こぱりペーパーは自己表現
意外にも高野さんは、黙々と続く手作業が大好きというわけではないのだそう。「作業中は普通に、頭がわーってなります」と笑う。

「もうラジオとか聞いてます。ずっと『楽しい楽しい』ってやってるわけではなく、結構しんどいです」。
「それでも作り続けられるのは、こぱりペーパーが、自己表現だから」。
高野さんの言う『自己表現』で表されるものとは、どんなものなのだろうか。

コーヒーで明日が楽しみになったこと。コーヒーで表現された世界に感銘を受けたこと。コーヒーを通して、色々な人から影響を受けたこと。たった一杯で人々に良い時間を提供できるコーヒーと、そのコーヒーが大好きなこと。……もっともっとありそうだ。
コーヒーに出会って生まれたあらゆる想いを、高野さんは新しいかたちにしている。
日記を書くかのような素朴さと、絵画を描くかのような独創性。それらが混じり合った高野さんならではの自己表現が、こぱりペーパーの正体なのかもしれない。
「でも、最初から『これは自己表現だ!』と思いながらやっていたわけではないんです」。
聞くと高野さんは、フィルターを提供してくれたある珈琲屋に、「いいものを作れた」と見せに行ったことがあるのだそう。そこで言われた「これ売れるよ」の一言。
強く背中を押された。そして、関わりのある喫茶店で販売していくことに。
だが、なんとなくで値付けをするわけにはいかない。
それを機に、時間に対する原価出しもするようになった。
「そうやっていくうちに、これは趣味の範囲なのか?ビジネスでいくのか?と考えるようになって。やりながら、売りながら、たくさん考えて。それでやっぱり、私の主軸はコーヒーなんだと」。
なぜやるのか。何を目的としてやるのか。
それらの疑問の行き着く先は、やはりコーヒーと、コーヒーが生み出す時間への愛だった。
「コーヒーに対する自分なりのアプローチができているっていうのが、楽しいんです」。
そうして出来上がったこぱりペーパーのコンセプトには、高野さんの想いが詰め込まれている。

特に、『知識や前提を必要とするデザインはしない』という部分は、高野さんの創作の方向性に大きく影響している。
「コーヒーフィルターって、紙として優秀な素材ではないと思うんですよね。書くための紙ではないので。だから、ただ作って売るだけだと、使いづらいものを皆さんにお渡しするだけになるかと思うんですよ」。
「でもやっぱり本当は使ってほしいし、すぐに捨てられるものを作りたくない。買った方が工夫しなくても使えるようなものを作りたいです」。
もちろん先駆者はいない。だから、自ら試行錯誤を重ねるしかない。
そうしていくうちに、紙の薄さや強度など、コントロールできる幅がどんどん広がっていく。

こぱりペーパーでは、紙のほかに、アクセサリーなども製作している。フィルターから生まれる軽い付け心地と、アクセサリーの相性がよかったためだ。
どうやったら長く使ってもらえるのか。コーヒーのいい時間が、未来でもよいものとして残っていてほしい。そのための労力も、高野さんの自己表現に繋がっているのだろう。
大事な「いいな」を落とさぬように
原料となるフィルターは、続々と集められている。そのほとんどが、関わりのある珈琲屋や、コーヒー愛好家の厚意によるものだ。
「フィルターを紙漉き用に使える状態にしてもらうのって、すごく手間なんですよ。一度水で洗って、それを乾燥した状態にしてもらう必要があるんですね。その手間をかけてくださっているわけだから、本当にありがたいです」。
「『紙にしてくれてありがとう』、と言われることもあります。こちらのほうが協力していただいているのに、本当にありがたいです。受け取ったからには、ちゃんと再生させたいですね」。
高野さんがこれまでに生まれ変わらせたコーヒーフィルターの数は、5,000枚を超える。
今後は誰かの手を借りる必要性があるかもしれないと言いつつも、「10,000枚に到達するまでは自分でやりきりたい」のだそう。

そんな高野さんには、日々の活動の指針となっている言葉があった。
「高校生のときに、大坊さんに『将来お店をやりたいんですけど、どんなことを大事にしていったらいいですか』と訊ねたことがあって」。
「これと言えることは、私にはないけれど」と熟考している様子だったという大坊さんは、「自分がいいと思うことをやるのが、いいと思います」と話してくれたという。
「その言葉が頭の片隅にずっとあります。それでもブレそうになることもあるし、違う意見に流されそうになることもあるんですけど」。
いいなと思うことを、いいなと思い続けることは簡単ではない。
現代では特に、様々な立場・価値観が飛び交っている。それは便利で役立つことでもある反面、自分の感性を信じることには強い芯を要する。
「だからこそ頑張れているのかもしれないですね。自分が良いと思うものや、今まで自分が選んできたものの意味を、忘れないようにしていきたいです」。

あわただしい世界だ。大切にしたいことほど、うっかり零れ落ちてしまうこともある。忘れたことにすら気付けないこともある。忘れるつもりなんて、まったくなかったとしても。
そういう世界で、こぱりペーパーは実在している。

高野さんがいいなと思った「コーヒーのいい時間」は、流れゆくものでもデータでもない、新たなかたちとして生まれ変わる。そのこぱりペーパーを、また誰かがいいなと思って、引き取っていく。
過ぎ去ったはずの「いいな」は、高野さんの活動によって新たな「いいな」に繋がっていく。
それっていいな。そうなるといいな。そう思わずにはいられない。
この記事の執筆者
長谷川あかりさんのレシピと出会い、ご飯を作ることに最近ちょっと前向き。
一か月毎日お弁当を作れたら、よさげな器を買ってみようかと思っている。



