自分らしく、表現した先に。 『AIGOTO』藍染作家・末續日富美

――父と母が培ってきた久留米絣の魅力を、少しでも多くの人に伝えたい。

そんな想いで、藍染作家として活躍する末續日富美(すえつぐ・ひとみ)さん。現在はご自身のブランド『AIGOTO』で、藍染作品の制作販売を行っている。

末續さんは伝統的な手織り久留米絣の織元である『緒方かすり工房』の娘として育ち、(お母様は久留米絣重要無形文化財伝承者の緒方早雪[おがた・さゆき]さん、今は亡きお父様も同じく久留米絣重要無形文化財伝承者の緒方日出夫[おがた・ひでお]さん)久留米絣ができるまでを幼いころから間近で見てきた。

そんな末續さんがどのようなきっかけで藍染作家としての道を歩み始めたのか、今回お話を伺った。

一番の願い

「幼い頃からモノづくりは好きだったのですが、私にとって“久留米絣”はあまりにも身近で当たり前のものだったので、何か特別なものをつくっているという感覚は全くありませんでした。小学校から帰ってくると、父は染場で糸を染めていて、母は工場で織物をしているというのが当たり前だったんですよ。だから、OLをやっていた頃に実家の久留米絣の販売を手伝った時に初めて『なんか凄いものをつくっているんだな』と実感したくらいです」

手間も時間もかけてつくられる久留米絣は時代の流れとともに産業自体が縮小傾向にある。それが、機械織ではなく手織りとなると尚更だ。(絣の中でも特に工程が多い久留米絣は、手織りで約30もの工程を踏んで一つの反物が出来上がる)

そして、久留米絣が縮小傾向にある背景には技術を持った方々の高齢化に伴い、体力的な問題であったり目が悪くなったりで続けることが難しいという現状も後押ししている。

「久留米絣がこれからも長く続いていってほしいという想いはもちろんあるんですけど、私にとっては『緒方かすり工房』で父や母、織子(おりこ)さんたちが頑張ってつくってきた久留米絣を、もっとみんなに見てもらいたいっていう気持ちが一番大きいですね。昔の思い出話なんですけど、私が小学校から帰ってくる頃にちょうど織子さんのおばちゃん達もお茶休憩をしていたんですよ。だからそこに混じって一緒にお菓子を食べながらよくおしゃべりしてました(笑)。皆さんそれくらい近い存在だったんですよね。今ある反物は、私が幼い頃からそうやって接していた織子さんや両親が織ってくれたものなので、やっぱりそれを見て欲しいという想いが一番強いです」

自分の道

ご実家『緒方かすり工房』の藍甕を引き継いでいる

ご自身のブランド『AIGOTO』で藍染商品を売り始めた最初の頃は、「(緒方かすり工房の)跡継ぎができて良かったね」と言われることが多く、その度に苦しい思いをしていたという末續さん。

「私が“工房を継いだ”と勘違いされるお客様に『すみません、久留米絣は継いでないんですよ』と説明するのが毎回苦しくて…。自分が凄くいけないことをしているような気持ちになって、泣きたくなっていましたね。でもやっぱり自分は自分だし、『緒方かすり工房』の全てを終わらせるつもりは全然ないので、藍染をしつつ久留米絣のことを発信することで新しい形で皆さんに見てもらう機会をいっぱいつくりたいなと思っています。そうやって決意が出来た時に、やっと『久留米絣は継いでいません』ってはっきりと言えるようにもなりましたね」

一歩、踏み出したからこそ


「元々モノづくりが好きだったので、趣味で自分の洋服をつくることはしていました。母の隣でミシンをかけて、わからないところを聞いたりもしていましたね。そういうことは出来ていたので、手織りの久留米絣もある程度は出来るだろうとなんとなく思っていたんです。そして、結婚を機にOLの仕事を辞めて、少しだけ実家の工房を手伝うことになり、いざ実際にやってみると思っていた以上にすごく難しくて…。そんな私の姿を見た父から『織屋の娘なのに機織(はたおり)もしきらんとか!』とキツく言われ、悔しくて泣きながら織ったこともあります。こういった経験から、手織りの久留米絣をやるには向き不向きがあるっていうのを痛感しました。母はこの仕事の大変さがわかっていたから娘の私にはどっちかというとさせたくない気持ちがあったみたいですが、父はやっぱり子供の誰かに継いでほしかったみたいですね。でも、実際にやってみたからこそ、この作業を将来的に私が全部一人でやるのは厳しいなと思いました」

久留米絣は30もの工程に分かれているため、分業制をとるのがスタンダード。それぞれの工程に専門の職人さんがいて、多くの人が力を合わせることで成り立つのが当たり前の世界なのだ。だが、『緒方かすり工房』では、染めから織りまで、ほぼすべての工程を行っていた。そういった離れ業が出来ていたのは、緒方日出夫さん・早雪さんの並外れた努力と才能があったからこそ奇跡的に可能だったのかもしれない。

久留米絣という産業自体が衰退しつつある中、経営の面においても人手の面においても、工房を存続させるということは至難の業だ。こういった状況を踏まえ、実際に久留米絣の制作に携わった経験があったからこそ、末續さんはご自身にできることで久留米絣に貢献しようと、新たな一歩を踏み出す勇気が出た。

「子供を出産したことで、子供服を自分で染めたりつくったりするようになりました。そして自作の服を子供に着せていたら、見た人から『可愛いね』と褒めてもらえたり、イベントで販売するとすごく好評だったりしたので、それがきっかけで藍染で表現をしようと思うようになりましたね」

母・緒方早雪さん

早雪&AIGOTO母娘展の際のお写真

「うちの母はすごいんですよ。久留米絣の図案からデザインの絵柄、そして藍染、織りまでほぼ自分でやります。その上、出来た反物で洋服のパターンをつくって裁断し、縫製まで全部自分でするんです。これだけできる人って久留米絣の織元さんの中でも少ないと思うんです。普通は久留米絣って分業なので、一人でここまではしないんですよ。母は父のもとに嫁に来て、色んな工程を勉強したから出来るというのもあるんですけど、それでもかなりの働き者だと思います。だから私の中で母は365日ずっと何かしているイメージですね。例えば私が学生だった頃は、誰よりも早く起きて機織機に向かい、家族のお弁当を作ってまた機織に戻っていました。そうやって母が一生懸命につくってきたものなので、より多くの人に『緒方かすり工房』の久留米絣を見て欲しいっていう想いはすごくあります」

今回の取材中、運よくお母様の緒方早雪さんからもお話を聞くことができ、様々な苦労や久留米絣の図案を描くときの楽しさについてお話を伺うことができた。実際にお話しを聞いていると、苦労もあったがご自身で工夫をしながら久留米絣をつくることが楽しかったという印象を受けた。

例えば、『緒方かすり工房』を代表する柄行には花をモチーフにしたものや、大胆なものが多いのだが、それらは早雪さんの中に自然と湧いてきたインスピレーションでつくったものだという。女性らしさと大胆でモダンな印象を受ける柄行は長年多くの『緒方かすり工房』ファンを虜にしている。柄行などについてお話される早雪さんの表情はキラキラと輝いていて、久留米絣を通して様々な挑戦をしていたという“チャレンジ精神・好奇心”を伺い知ることができた。

AIGOTO

紆余曲折あり、実家の工房を継ぐのではなく、自分のブランドを通して久留米絣をより多くの人に知ってもらう道を進もうと決意した末續さん。そんな末續さんのブランドAIGOTOはどのように生まれたのだろうか。

「最初は趣味で自分の子供が着る服を染めていて、それが徐々に評判になってきたので販売もするようになりました。そんな時に、ママ友から『今度一緒にイベントしようよ』と声をかけてもらい『名前もつくったほうがいいんじゃない?』って言われて急遽つくることになりました。それで考える中で、藍染のAI、そして私は5人家族なのですが全員の名前に『と』が入るのでGOTO。それとAIがみんなの元にgo to(~に行く)しますようにと二重に意味を込めて、AIGOTOにしたんですよ」

ブランド名やロゴデザインにも家族を大切にする末續さん“らしさ”が込められている。

『AIGOTO』の商品は、どこか新しい印象を受けつつも、やはり藍染ならではの品格も感じられる。普段使いしたくなるこれらのデザインはどのように生まれているのだろうか?

「デザインに関しては完全に自分のオリジナルというか感性でやっているので、どこかで習ったりとかはしていないんです。“こういうのがあれば可愛いな”と私が思うものを形にしているだけですね。織元の娘が言うのも何ですけど、伝統的な柄の絣ってどうしても落ち着いた印象になるので、私たちの世代が普段着るものではないなと感じていました。だからこそ、どうやったら多くの人に『良いものなんだよ』ということをわかってもらえるかなと考えて、最初はシンプルに藍染というところから入ってもらえたらいいなと。藍染を通して、久留米絣に興味を持ってもらえたら嬉しいなと思って、活動を続けていますね」

実家の工房、そして久留米絣への愛が末續さんの原動力になっており、そして末續さんが活躍することで久留米絣全体もまた盛り上がっていく。誰かや何かへの想いを持って行動すれば、巡り巡って上手くサイクルが回り始めるように感じた。これからのAIGOTO、そして末續さんの益々の活躍が楽しみだ。

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所在地:福岡県筑後市久富1651

Instagram:AIGOTO

この記事の執筆者

ninatte事務所

ninatte九州の運営事務局です。銭湯跡地、旧梅乃湯を拠点に活動中♨事務局ライター数名で日々記事を更新しています。

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藍染作家末續日富美

福岡県筑後市久富。
藍染作家として “日常に美しい藍を纏う” をテーマに、一点一点、手仕事で作品を制作。

『AIGOTO』
藍染商品の制作販売を行うブランド。


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