「私はできる」自分を信じられる経験を糸掛けで紡ぐ 糸掛人MOKO

あなたは「糸掛け」をご存じだろうか?糸掛けとは、 木製の板などの台に釘を打ち、そこに糸を掛けながら作り上げていくアート作品。糸の重なりが色鮮やかで、孔雀の羽ような不思議な深み。ヨーロッパではセラピーに用いられることもある。

 

福岡県宗像市、唐津街道。「道の駅赤馬館」が目印になっているこの通りの一角に店を構える『W.MOON』。戸を開けると店の奥にはたくさんの糸掛け作品が並んでいる。作品ごとに色とりどりの糸が使われており、手のひらほどのちいさいものから腰ほどの大きさのものまで模様もサイズも様々だ。

ここで糸掛け教室を開催しているのは、糸掛人(いとかけびと)のMOKOさん。

「最初は娘の大学の卒展(卒業展示)なんですよ。そこで娘の同級生が糸掛けを作ってたんですよ。すごく大きな、立派なのをね。それに感動して。でも、そういうのって美術を学んだ人じゃないとできないものと思ってたから」

自分で作ることはできないと思いつつfacebookで調べると、そこには「糸掛けワークショップ」の文字が並んでいた。

「私はすごく不器用で。もう全然、作ることには手を出してこなかったんですけど。確認したら普通の人でも、その、不器用でもできますよって言われたんで、行ったんですよ」

「あの時は先生が先に板に釘を打ってくださっていて、それに作ったんです。糸掛けって、釘を打ってある板に糸をかけるだけなんで、うまいとか下手とかがないんですよね。誰でも完成図通りにできる。だから、うまいも下手もないですよね。速さを競う競技でもないし。そこがすごく気に入りました。人と比べなくていいし、自己肯定感が上がるじゃんと」。

はじめてのワークショップですっかり糸掛に魅了されてしまったMOKOさん。

「あんなの作りたい、次はこんなのがやりたいって作り続けていて、気がついたらこう(糸掛け教室を開くまでに)なってたんですよね」

2回目は板に釘を打つ「釘打ち」から挑戦。

「当時すでにこのお店を持ってたので、先生と、他に釘打ちからやってみたいと言っていた人たちを呼んで、ここでワークショップをやってもらったんです。2回くらいしてもらったかな。で、次からは、もう自分でできるなと思って。その先生は同じデザインの作品をずっと作っていらっしゃる方だったので、他のデザインも自分で勉強していきました。」

ここまでのMOKOさんの話を聞いて、独り立ちまでのステップアップの早さに驚く人も多いのではないだろうか。聞くと、思い立って次々に行動していくMOKOさんのスタイルは生まれながらのものらしい。

じゃあ、私がやってみよう

「もう、若い時から。思いついたら即行動して。ダメならね、またダメな時考えたらいいかみたいな感じで。」

お店には保護猫の活動に募金するための募金箱が設置してある。

「私だけ募金してもいいんだけど、いろんな人と話していたらみんな活動を応援したいけどどこに募金したらいいかわからないと言っていて。だったら私が集めてみんなの代わりに募金したらいいじゃないと思ってね。」



「やっぱ似たような人が集まるんで、猫ちゃんもそうだし、他のことも。こうやってお店っていう場を持ってやってると、横のつながりも広がっていきますよね」

”みんなが必要としているなら私がやってみよう”という姿勢のMOKOさんにとっては、先生を呼んでの糸掛けワークショップが今のようなスタイルになるまでの流れもごく自然なものだったようだ。

「このお店は最初は今と違うことをやってたんですよ。当時は市役所でパートをしながら金土日だけ開けてたんですね。糸掛けを作ってたらみんながやりたいって言うから、じゃあやるかって教えだしたらもうそっちの方が忙しくなって、糸掛屋さんになっちゃったんですね。」今ではW.MOONだけでなく福岡・熊本などで出張ワークショップも行っているMOKOさん。小学校に教えに行ったこともあるという。

「糸掛けは、子供が計算を学ぶためにできたものなんですよ。それに小学生の方が上手にできたりします。手が小さいからね。それにほら、目もよく見えるし(笑)」。

何より自分の感覚を信じること

「人と比べない」「自己肯定感をあげる」

MOKOさんのお話を聞く中で何度も出てきた言葉だ。

「みんな絶対に人と比べて育ってきてるじゃないですか。人と比べることで自分を認識するためには大事なんだけど、ずっと人と比べて生きてきて、自分で勝手に劣等感を抱いて、自己肯定感がみんな低くなってるでしょう?糸掛けすると上手い下手もないしスピードも関係ない。人と優劣がつかないから自己肯定感がみんな上がるんですよ。

だけど、ワークショップでも誰かがこうできたとかって言ったら、『うわ、早い。』とかってついつい言っちゃう方もいるのね。『私もこんなまだ』とか。

そういう生徒さんたちのためにも『速さを競う競技でもないし、人と比べるものではない』っていうことを、いっつも言ってるんですよ。」

「ただ色違いができるだけだから。途中で諦めなければ絶対できるから、諦めないで最後まで作る。で、嫌ならほどけばいいし。何回でもやり直しできるって、もうほんと人生と一緒なんですよ。それを皆さんに伝えたくて。」

自分の中の「できた」を積み上げ、心が癒えたり元気になったりと変化していく生徒さんが多いそうだが、そんな様子をMOKOさんはあくまで見守っているだけなのだとか。

「用意しているコースは10回で終わりなんだけど、『まだやりたいです』とか『また来ます!』とか言ってくれる人も出てきて。なかなかみなさん終わりたがらないですよね(笑)」

黙々と自分と向き合うための場所で、「何度失敗しても大丈夫。必ずできるよ」と見守ってくれている存在が居ると思うと、通い続けたい生徒さんの気持ちもわかる気がする。

たくさんの人を勇気づけているMOKOさんご自身は、どんな人生をたどり、ここからどうなっていくのだろうか?

「校則でも何でもただ言われた通りにするのは絶対に嫌で、なんでだろう?って自分で考えて納得しなきゃ動かない子供でした。本質を考える子だったんですね。大人になってからもそう。以前SNSでとある方が『自分の直感は間違うけど、違和感は間違わないから、違和感を大事にしなさい』っておっしゃってたんですよ。本当にそうなんです。何か違和感があるなと思うと、どんなに良く見えてもそこから先には行けないんですよね。そっちを選ばなくて良かったと思うことが多い。だから、どんな時も自分の感覚だけは信じてるんです。そのためにも、やっぱり自己肯定感は大事ですね。」

自分の選択を信じるために、自分はできると思える経験を積んでほしい。MOKOさんの想いの裏には、当然ながら辛かった経験も生きている。

「高校を出て、34歳まで公務員だったんです。やめた後が本当に苦しかったですよね。公務員してる間は違和感も直感も殺して生きてきたので。」34歳で一度民間企業に入った時、全く使い物にならないと思い0から勉強。その時の辛さから、「自分のこと(感覚)を信じられないとやっていけない」と感じたのだとか。

「公務員をやめてからがきつかったけど、全く後悔はしてないです。やめた後でもういっそ色々やってやろうと思って、20個くらい仕事をしました。その中でお店を開いて、今がある。全部このためだったんだと思います」。

「自分の感覚を信じること」。一度手放したからこそ、その重みをより感じ、糸掛けを通じて伝えてきたMOKOさん。個人的な目標はありますか?と尋ねると、MOKOさんらしいとも言える回答が返ってきた。

「もう笑っちゃうんですけど、世界平和を目論んでるんですよ。世界が平和であるためには国が平和でないといけない、そのためには県が、そのためには…ってどんどんマクロからミクロの視点にしていくと、まずは自分が平和じゃないといけないんですよね。じゃないと絶対平和はこない。」

「でもそもそも、赤ちゃんの時に誰かを殺してやろうとか、そんな風に思ってる子は誰もいないじゃないですか。みんな平和の気持ちを持ってると思うから、大人になるまでに色んな人と比べたり傷ついたりして変わってしまってるものを、もう一回全部取っ払おうよって思ってて。烏滸がましいけど、そうやって自分の周りだけでも平和にできたらいいなって思ってます。世界平和は死ぬ時までには間に合わないかもだけど、その気持ちをまた継いでくれる人がいるかもしれないじゃないですか。」

「夢は世界平和」というと途方もなく感じてしまうが、「そのためにまずは自分ができること」まで小さくして考えてみる。すると日々の過ごし方は自ずと決まってくるのだという。

「世界平和につながってれば、やれることは全部やります。やりたいことが多すぎて、1日が私だけ長くならないかなーって思うくらい。だから、基本毎日100%でやる。150%は疲れちゃうけど、暇だと逆に合ってなくて。100%に辿り着きました。娘には止まったら生きていけない回遊魚って呼ばれてる(笑)」。

みんなが幸せになるなら、それが世界平和に繋がる。自分にできることなら何だって手伝いたい。世界平和を目指すコンパスは自分を信じて研ぎ澄ましてきた直感と違和感。

MOKOさんの世界平和までの道のりはまだまだ続くが、その道は目まぐるしくも温かく、さまざまな人たちの笑顔に溢れているに違いない。

MOKOさんのInstagramはこちらから

 

この記事の執筆者

原口玲花

福岡県久留米市出身のシンガーソングライター。人の考えていることを考えることが好きです。創る人たちの生き方を、創り手の視点から書いてゆきたい。🍑

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