縁を手繰り寄せ、扉を開く。建具・組子職人『成縁組』前 成美

『和の柄』と聞いて、このような紋様を思い描く人は多いのではないだろうか。

日本の伝統工芸、組子(くみこ)細工。
釘や接着剤を使わずに、幾何学模様を形作る木工技術である。一般的には、扉・障子などの建具(たてぐ)の装飾として使用されてきた。
緻密な計算のもとで組み上げられた組子は、なんと飛鳥時代から伝わり、300年もの歴史を持っているのだそう。

建具・組子業界には、男性が多く、70代を超える職人も多い。

そんな中、とある飯塚の職人に会いに行った。

若き女性の職人、『成縁組(せいえんぐみ)』前成美さん。

高くそびえ立つ木材に囲まれた工場の中で、彼女は日々、建具と組子を作り続けている。

「道具を持ち続けてたら、どんどん手が大きくなっていくんですよ」。

そう語る前さんは、意外にも「この業界に入るまでは、建具・組子ってなんだろう?みたいな感じだった」とも言う。

彼女の手が『職人の手』になるまで。その背景には、並々ならぬ努力と、彼女の譲れない美学があった。

成し遂げるには、これだと思った。

父は大工をしていたが、だからといって、元々そういう業界に興味があったわけではない。
日本の伝統を受け継がなければ、という使命感があったわけでも、木が特別好きなわけでもない。
動物が大好きで、動物に関わる道へ進むかどうか、ずっと悩んでいた。

それでも前さんは、職人の道を選んだ。

「一番は、父の助けになりたかった。あとは何かを作ることが好きだったんです」。

大学では建築系へ進学。就職活動では、数寄屋・左官屋などの様々な職人のもとを訪れた。アポイントが取れれば、京都にまで出向いた。

その中で縁があったのが、のちに弟子入りをすることになる、大川の建具の企業だった。

『建具』という言葉には馴染みがなかった。しかし、『仕事が減っていっている』と言われている業界に足を踏み入れるのだ、という自覚は強くあったという。

「人と違うことをしなきゃ、生き残れないと思ってました」。

建具と、あとなにか、ないだろうか。

そうして建具について調べていくうちに、組子に出会った。

一目見て、その繊細な技術にびびっときた。美しいデザインよりも、そこに詰め込まれた奥深い技術に思いを巡らせた。

もしも自分が、この技術を習得できたなら。

「組子とだったら何かを成し遂げられるんじゃないかな。そう思って、組子と建具屋に決めました」。

どの道に進むか何度も悩みながらも、「深く考えることは得意じゃなくて。決めたら即行動でした」と笑う前さん。
当時は、怖いものは何もなかった。

愛ある、最悪の4年間。

そこからは、厳しい修行の日々が始まった。

「もう最悪ですよね(笑)。
毎日怒られてました」。

建具の世界は、見て学ぶ世界だった。できる雑用を見つけながら、先輩職人の後ろをひたすら着いて回り、学ぶ。
具体的な指示がもらえるわけではない。そして動くのが遅れると、強く怒られる。

半年以上は、機械を触らせてもらうことも許されなかった。

「ゴミなんて何もないところを、ずっと掃除して。帰ったあと『今日も仕事なかったな』って思うのが、一番しんどかった」

さらに、組子の仕事に関しては、そもそも件数が減少していたこともあり、学べる機会は想定よりも用意されていなかった。

「弟子に組子を学ばせるっていう風習がなかったんです。組子は職人さんがするものでした」。

雑用ばかりの毎日。機械にも触れず、組子の技術も学ばせてもらえない。
前に進んでいる、という手応えが無い日々を過ごした前さん。

「もどかしかったし、組子も建具屋もできるのかな?って不安でした」。

そう言いながらも前さんは、4年間もの期間を弟子として駆け抜けた。
どうして、続けられたのだろうか。

「やっぱり、機械で手を落としてしまう人が中にはいるんです。だから機械に触らせないというのは、『怪我させたくない』『危ない』って、大事にされていたということでもありました」。

「孫みたいな感じで、可愛がられていたのも分かってました。たくさん怒られた怖い職人さんも、私が成長していくと喜んでくれて。『これできるようになったね。あれできるようになったね』って」

厳しくも、確かな愛をもって接してくれていた職人さんたちに、なんとか恩を返したいという気持ちが強くあった。

それでも、「毎日辞めたかったです(笑)」と明るく話す前さん。
続けられた一番の理由についても、はっきりと教えてくれた。

「いや〜もう意地。一度言ったことは突き通したいっていう、意地です(笑)」

父譲りの頑固さが、前さんを職人の道へと引き連れて行った。

突き進んだ先で、初めて立ち止まる。

修行中は障子などの建具をメインに制作していたが、次第に組子についても学ばせてもらえるようになった。その会社では、前例のないことだった。

「(組子を)ずーっとしたいって言ってたら、少しずつ教えてもらえるようになりました」。

4年を区切りに弟子明けし、その後の半年間は父とともに働いた。
そして念願の独立。前さんは、ずっとやりたかった組子と建具をメインとした事業をスタートさせた。

独立当時も、やはり怖いことはなかったという。

「言葉に出してたらいつか叶うでしょ!みたいな感じで。頑張れば頑張るだけ、どんどんできることも増えていくし。できないことないなって」

言霊を信じて夢を口にし、言葉にしたことは、意地でも突き通す。
そうしていくうちに、前さんの周りには自然と縁が形成されていった。

「駆け出しの時は営業に行ってたけど、一件決まれば、そこからまた広がっていくようになりました。その縁が途切れることなく、今まで進んでこれて」。

縁が縁を呼ぶ。
やがて、日本の伝統技術の価値の拡張を目指す、『未来工藝研究所』のメンバーともタッグを組むようになった。いつしか前さんの活躍の幅は、万博やミラノのデザインウィークへの出展にまで及ぶようになる。

喜ばしいことだった。しかし、前さんは、一人で全ての作業をこなしている。急遽決まる仕事も多く、必然的に、寝る間もないほど忙しい日も多くあった。

「体調を崩すことが多くなりました。万博の時は特に時間が足りなくて、自分の仕事と並行して、万博の作業もして。朝まで作業をして、そのまま車で大阪に…」

工場で一人、夜通し黙々と、作業に没頭する日々。

一直線に進んできた前さん。だが、気付けばこんな考えが脳裏をよぎるようになっていた。

「本当にこれでいいんだろうか、って」。


「結婚もしたいし、子どももほしい。でも、もしもこれから働けない期間ができて、仕事に時間を費やせなくなったら。今まで培ってきたものは、全部なくなってしまうんじゃないかって」。

自分の努力と、たくさんの人に繋いでもらって広がった縁。これらは、はたしていつまで自分のもとにいてくれるのだろう。
もしも歩みを止めてしまったら、そのとき、自分にはなにが残る?

「私の幸せってなんなんやろ?」

そこで、前さんは自分を見つめ直すようになった。

落ち込んでも憧れるのは、かっこいい職人さん。

前さんが立ち止まったきっかけは、もう一つあった。

「万博から帰って、新潟に行ったのも落ち込むきっかけでしたね」。

”現代の名工”と呼ばれている、とある職人のもとへ新潟を訪れたのだ。
そこで目にしたのは、圧巻の組子細工。「あんな組子、初めて見た」と語るほどに、前さんは深い感銘を受けた。

「その職人さんの作品を見て、感動したけど、自信がなくなりました。しかもその方はすごく謙虚な方なんです。とにかく腰が低くて、初心を大事にしてる方でした」。

「自分は今まで何をしよったんやろ、って。こんなにすごい人がいるのに、天狗になってた今までの自分が情けなくなりました」。

技術だけでなく、謙虚で驕らない職人としての在り方にも衝撃を受けた前さん。
高い壁を目の当たりにして、今まで積み上げてきたものの価値が滲んでいってしまうような感覚だったのかもしれない。

しかし前さんは、落ち込むだけでは終わらなかった。
今の自分に真似できることは、初心に戻って、謙虚でいること。

「学びたい。教えてください、弟子にしてください!って言って。そしたら、弟子は取ってない方だったんですけど、『君ならいいよ』って言ってもらえました」。

「タイミングを見て、また新潟に行ってきます」と語る前さん。
大切にしているものとして、ある道具を見せてくれた。

「『頑張って』って、その職人さんに貰ったんです。もう勿体なくて使えない(笑)」

高い壁には扉があったのだ。学ぶ姿勢を持つ者に向けて、日本の伝統を伝えるために。

『出会えてよかった』は広がっていく

悩みはすぐに無くなるわけではない。多忙への疲労も蓄積していく。
そして日々の業務の中には『自分じゃなくてもいい仕事』だって、たくさんある。

それでも前さんには、譲れない想いがあった。

「せっかく選んでもらえたなら、『頼んだのがこの人でよかった』って思ってもらえるようなものを作りたくて」

「出会えたからには、いい影響を与えられたらなと思っています」。

そう思うのは、依頼をしてくれたお客さんに対してだけではない。

独立できるまで育ててくれた親方にも、先輩職人さんにも。ことあるごとに「元気か?」と電話をくれて、お酒を持ってきてくれる近所の襖屋さんにも。反対せずに見守ってくれた親にも。伴走してくれる仕事仲間にも。

明るい影響を与えることで、みんなを元気付けることができるなら、頑張りたい。

「この辺りには、おじいちゃんおばあちゃんも多いですからね。だから、頑張ってる私を見て『もうちょっと長く生きようかね』って思ってもらえたら嬉しいです」。

そう語る前さんからは、伝統を背負う責任感よりも、「ただ目の前にいる人々との縁を大切にしたい」という意思を感じる。

謙虚に、縁を大切に。関わってくれた人に恩を返していく。

他者への礼儀と思いやりに溢れた彼女の美学は、図らずも、古来から尊ぶべきとされてきた和の心に近しいのではないだろうか。

彼女が起こした事業の名は『成縁組』。

前さんによって作られる美しい組子は、人との縁がこれからも限りなく形成されていくのを、予見しているようでもある。

この記事の執筆者

空前絶後のおせんべいブームが到来中。
ファンク・ハウスミュージックと、宇宙を感じるものが好き。

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建具・組子【成縁組】前成美

飯塚を拠点に、障子張り替え・建具製作・組子製作を一人で行っている、気さくな女性職人。
工場にはJPOPが流れている。

前さんは動物が大好き。職人の道に進んだものの、動物に関わる縁を諦めたわけではない。なんとか動物にも関われないだろうか…と虎視眈々とその時を待っている。

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