教師から、音楽と社会を繋ぐ活動へ。フルート奏者 紅葉

フルート奏者の紅葉さんに初めて会ったとき、まず目に入ったのは、その明るさだった。
ハキハキとした受け答え。よく通る声。場の空気をすっと和らげるような笑顔。エネルギーのある人だな、と思った。きっと昔から、まっすぐで、朗らかで、人を惹きつける人だったのだろう。
けれど、その笑顔は“最初からそこにあったもの”ではない。
話を聞くうちに、そう感じるようになった。
長い時間をかけて、自分と向き合いながらたどり着いた今。
その背景にある歩みを知ると、紅葉さんの明るさが、より深く心に残る。

教師として走り続けた日々
紅葉さんがフルートを始めたのは9歳の頃。
音楽はずっとそばにあった。
けれど、「音楽家として生きる」という選択肢は、長い間、自分の中にはなかったという。
大学卒業後は、中学高校の音楽科教師として約7年間勤務。その後は福祉施設で児童指導員を1年間務めた。50名近いクラスの担任を持ち、吹奏楽部の顧問も務め、休日も生徒たちのために動く日々。
「ずっと、“安定していること”が大事だと思っていました」。
そう話す声はとても穏やかだった。
安定を選ぶことは、妥協ではなく、当時の紅葉さんにとっては自然なことだったのだろう。
ただ、気づけば、自分のためにフルートを吹く時間はどこかへ消えていた。
「好きなことを後回しにしてでも、頑張るのが当たり前だと思ってたんです」。
彼女は、 立ち止まる理由を自分に許していなかった。
限界は、静かにやってくる

子どもたちのことは好きだった。教師という仕事にも、本気で向き合っていた。
だからこそ、限界は突然というより、気づいたらすぐそばまで来ていたのかもしれない。
ある日、ふとした瞬間に、心の糸が切れた。
自分でも驚くような言葉が口から出て、「あれ、いつもの自分じゃない」と気づいた。
外に出られなくなり、カーテンを閉めたまま過ぎていく時間。
頭では「おかしい」とわかっているのに、体が動かない。
そして、うつの診断を受けた。
「大学を卒業してから、ずっと走り続けていたんですよね。完璧でいたかったし、ちゃんとしなきゃっていう気持ちが強かったんです」。
その時のことを、紅葉さんは淡々と話す。
ただ「そういう時期があった」と受け止めているように。
自分と向き合う時間のなかで

療養中、中高時代の先輩から「一緒に吹奏楽で演奏しない?」と声をかけられた。
そこから少しずつ、人と関わる時間、音楽に触れる時間がゆっくりと戻ってきた。
焦らず、ゆっくり。
ただ音を出すだけの時間が、心を少しずつほどいていった。
「急には変われなかったです。本当に、一歩ずつでした」。
ただ、焦らずに過ごす時間のなかで、紅葉さんは自己分析を重ね、コーチングも受けながら、自分自身と向き合っていった。
「完璧でいなきゃ」と思っていた自分。
弱さを見せるのが怖かった自分。
ずっとそこにいたのに、見えていなかった部分が、少しずつ輪郭を持ちはじめた。
「気分が沈む日は今でもあります。でも、“こんなんじゃダメだ”って思うんじゃなくて、“今日は休んでいいサインなんだな”って思えるようになりました」。
その心の変化は、外から見ると小さいことかもしれない。
そして、この時間のなかで、もうひとつ大切なものを受け取った。
それは、家族・パートナー・友人たちの存在。
「人生で初めて、人を信頼して頼ってもいいんだって思えた経験でした」。
特別に何かをしてもらったわけじゃない。ただ、そばにいて見守ってくれた。
ずっとひとりで抱えてきた荷物を、初めて少しだけ人に預けることができた。紅葉さんにとって大きな変化だったという。
誰かに頼ること。それは、決して弱さではない。
生徒の一言が、背中を押した

回復後、紅葉さんは通信制学校の教師として再び働き始めた。さまざまな背景を持つ生徒たちと向き合う日々。そのなかで、ある生徒からこんな言葉をかけられたという。
「なんで、アルバイトしながら好きなことを続けていく生き方じゃだめなんですか?」。
紅葉さんは、そのとき何も答えられなかった。
でも、その言葉は彼女の心に残り続けた。
「自分でやってみなければ、語れない」
そう思った瞬間、止まっていた何かが動き出した。
そして紅葉さんは決めた。
フルート奏者として生きていく と。
「フルート奏者」の枠を超えて

フルート奏者としての活動を始めて、まだ1年。
でも、その行動力はとても1年とは思えない。
フルートレッスンにとどまらず、他の楽器演奏者やオペラ歌手とのコラボイベントの企画、寺ヨガと生演奏を掛け合わせたイベントも実現させた。
そして、福祉施設や幼稚園での無償演奏も行う。
彼女は今、音楽を“届ける場所”を、自分の手で大きく広げている。
音楽と社会をつなぐ活動へ

「音楽を届けることで、何か少しでも心が軽くなったり、人と人がつながるきっかけになったらいいなって思ってます」。
特に力を入れていきたいのは、病院や福祉施設での演奏活動だという。
患者さんや家族のそばで音楽を届けること。音楽が会話のきっかけになったり、ほんの少しでも気持ちをやわらげることができれば。そんな思いも語ってくれた。
また、彼女は演奏家としてだけでなく、社会課題に向き合う活動にも力を入れている。
「189の応援団株式会社」代表として、子どもたちの未来を守る児童虐待防止の取り組み。
また、一般社団法人アニマートピカソの理事として、誰もが平等に音楽を楽しめる場づくりや、アーティストが幅広く活躍できるための支援にも関わっている。
「子どもたちが安心して笑える未来をつくりたいんです」。
教師として、指導員として、人と向き合ってきた経験や、課題を見過ごせないまっすぐな思い。それが自然と、今の活動にもつながっているのだろう。
活動の軸にあるのは、「誰かのために何ができるか」という視点。
音楽は特別な人のものではない。
彼女の活動の根っこには、そんな強い想いがある。
安定を手放した、その先に

好きなことで生きていく日々。当然、安定を手放した怖さが消えるわけではない。
それでも紅葉さんは、こう話す。
「それ以上に大事なことがあるなって思ったんです。生きがいとか、目的とか。そこを忘れなければ、人生の幸福度って変わる気がしていて」。
うつを経験し、立ち止まり、
人に頼ることを覚え、
生徒の一言に背中を押されて、
今の道にたどり着いた。
「今は、“私はこれがしたい”って、はっきりと言えるようになりました」。
自分の音で生きていこうとしている人の、自然な笑顔だった。
遠回りに見える道が、
実はまっすぐ自分につながっていたのかもしれない。
アーティストを目指すあなたへ

「好きなことを仕事にしたい。でも、不安もある」
そんな気持ちは、とても自然なものだと思う。
でも、紅葉さんの歩みは、 “好きを貫く”ことが、
必ずしも“走り続けること”ではないと教えてくれる。
立ち止まること
誰かに頼ること
自分の気持ちに正直でいること
その積み重ねが、自分だけの道をつくっていく。

「福岡って、人と人をつないでくれる親切な方が多い街なんです」。
紅葉さんは、今日も新しい挑戦を続けている。
福岡という街から、音楽の可能性を広げながら。
紅葉
Instagram:https://www.instagram.com/momiji_flute/




