築150年の古民家で、もう一度夢を紡ぐ。シェア店舗「素素(susu)」と、今泉さんの服づくり


3人で灯すあたたかな場所
福岡県那珂川市西畑。
ゆるやかな時間が流れるこの町に、築150年以上の古民家を活用したシェア店舗「素素(susu)」がある。
引き戸を開けると、木の香りがふわりと漂い、やわらかな光が差し込む。


そこは、3人の店主がそれぞれの世界観を持ち寄りながら、ひとつの空間を大切に育てている場所だ。
静かで、あたたかくて、どこか懐かしいような。
訪れた人が「ここに来ると落ち着く」と口にするのも、自然と頷ける空気が流れている。
その一角で服づくりを続けているのが、ブランド「mercerie(メルスリー)」を手がける今泉さん。
30代から60代の大人の女性にそっと寄り添う、やさしいリネンの服を仕立てている。
それぞれの体型に合わせ、無理なく心地よく着られる一着。
けれど、その一着一着の背景には、決してまっすぐではない、長い時間が流れていた。
子どもの頃から決まっていた夢

「将来は絶対デザイナーになる」。
そう思っていたのは、小学生の頃。
布に触れ、形になっていく時間がただ楽しくて、“好き”という気持ちだけで夢を描いていたという。
「自分の手で生み出したもので、誰かの毎日を彩れたらいいな」。
そんなまっすぐな思いのまま、高校の家政科からファッションデザインを学ぶ専門学校へ進学。
しかしそこで、彼女は“世界の広さ”を知ることになる。
「センスや技術、表現力も優れている人がたくさんいて……上には上がいるんだな、って思いました」。
夢を叶えるはずの場所で、日々、自分の未熟さを突きつけられる。
純粋に楽しかった“つくること”が、少しずつ違うものに変わっていった。
好きだからこそ比べてしまい、好きだからこそ苦しくなる。
「自分には向いてないのかもしれない、って思ってしまって」。
やがてミシンに向かう手が止まり、夢との距離も、少しずつ離れていった。
違う道を選んだ日
それでも、「デザインに関わりたい」という気持ちは消えなかった。
そこで選んだのが、ネイリストという道。
“別の角度から好きに触れる方法”だった。
「諦めたというよりは……将来を見据えて、違う選択肢を探した、に近いかもしれません」。
スクールに通い、技術を学び、募集のない店舗にも自ら電話をかけて働き口を探したという。
「最初は本当に必死でした」。
現場は決して甘くなく、技術もスピードも求められる厳しい環境。
何度も壁にぶつかりながら、それでも食らいつくようにして経験を積み重ねていった。
その日々は決して楽ではなかったが、後に大きな意味を持つことになる。
「色の組み合わせやバランス、似合うものを見極める感覚。そういう色彩感覚は、ここで身についたと思います」。
当時は遠回りに思えた道も、振り返ると一本の線につながっている。
「今思うと、ネイルの経験も無駄じゃなかったんですよね。全部、この服づくりにつながっていたように思います」。
そう語る表情は、とても穏やかだった。
息子さんの服が、夢をそっと呼び戻した

再びミシンに触れたのは、出産後のこと。
「子ども服を選んでいると、男の子の服って可愛いものが少ないなって感じて」。
「それなら、自分で作ってみようかな、って」。
久しぶりに布に触れ、針を進める。
その瞬間、胸の奥にしまっていた感覚が、ふわりと蘇った。
息子のために仕立てた一着。
そこから、止まっていた夢が静かに動き出す。
「やっぱり、好きだなって思いました」。
こうして生まれたのが、「mercerie」だった。
女性の体に寄り添う服を

mercerieの服は、30代から60代まで幅広い女性に支持されている。
フリーサイズをベースにしながら、“その人にそっと寄り添う形”を大切にしている。
「女性って、体型に悩む方が多いんですよね」。
自身もコンプレックスを抱えてきたからこそ、“ただ着られる服”ではなく、“着ることで少し心が軽くなる服”を目指している。
細見えするシルエット。
特別な日にも着たくなる一着。
誰かの身体を否定しない、やさしい服。
そのやわらかなデザインの奥には、静かな思いやりが宿っている。
リネンという素材に込めたやさしさ

「リネンが好きなんです」。
そう話す今泉さんの声は、とてもやわらかい。
mercerieの服に使われているのは、リネン100%の素材。
国産やヨーロッパ産など、素材選びにもこだわっている。
「着れば着るほど体に馴染んでくるので。楽ちんだし、通年着られるし」。
リネンは通気性や吸湿性に優れ、肌にもやさしい素材。
敏感肌の方や、アトピーに悩む方にも心地よく着てもらえるという。
無理をしなくていい、肩ひじ張らなくていい。それでいて、自分らしくいられる。
「自分に優しくできる服って、いいなと思って」。
その言葉は、彼女自身の生き方とも重なっているように感じられた。
端切れにも、もう一度役割を

今泉さんは、服づくりで出る端切れも無駄にはしない。
ターバンやバッグ、ポーチなどに仕立て直し、素材を最後まで活かしている。
「もったいないな、って思ってしまって」。
新しいものをただ消費するのではなく、
“長く好きでいられるもの”を届けたい。
「“傷んだら終わり”ではなく、“そこからまた好きになれる”服を作りたいんです」。
そんな想いから、ダーニング(刺繍のように繕う修繕)や、金継ぎのワークショップも開催している。
物を“買って終わり”ではなく、暮らしの中で“育てていく”。
その感覚は、日々の在り方そのものにも通じているように思えた。
「素素」で出会えた、ひとりじゃない心強さ

「素素」は、3人の店主がそれぞれの世界観を持ち寄り、一つの空間を共有する場所。
マルシェでの出会いや、住まいの近さをきっかけに自然とつながり、
互いの想いに共感し、この場所を立ち上げた。
「ひとりでは不安。でも、同じ方向を向く仲間がいると前に進める」。
「信頼し合える3人だからこそ、挑戦できたんだと思います」。
商品だけでなく、人のあたたかさが流れる空間。
その空気が、訪れる人の心もそっとほぐしてくれるはずだ。
夢の続きを、自分の手で

夢は、きっと一直線では叶わない。
立ち止まる日もある。
別の道を歩く日もある。
でも、心に残り続けるものなら、きっとまた手を伸ばす日が来る。
「諦めたつもりだったんですけどね」。
そう笑う彼女の表情は、どこか軽やかだった。
ネイリストとして過ごした時間も、子育ての中で生まれた一着も、「素素」での日々も、すべてが今につながっている。
那珂川の静かな町で、今日もミシンの音が響く。
その音の向こうで生まれる一着は、誰かの身体に寄り添う服であり、彼女自身がもう一度信じた“夢の続き”でもある。

instagram:@_mercerie_
BASE:https://mercerie88.thebase.in/




