手のひらに残す、人生と記憶 ミニチュアクレイ職人・えりな

『目は口ほどにものを言う』と昔から言われる。
目の形や位置、まぶたの厚み、瞳の色。人の印象を決める大切な要素のひとつだ。
けれど、ミニチュアクレイ職人・えりなさんが作る『マイフィギュア』には目がない。

大きいものでも6〜7cmほど。手のひらに乗るほど小さな人形たちは、目という分かりやすい要素がないにもかかわらず、不思議なほどその人らしく見える。

「鼻と口の大きさ、髪型、髪色、肌の色。変化をつけられる要素が少ないから、写真をずっと見てますね」。

えりなさんは、手を動かし始める前に、観察だけで2〜3時間かけることも珍しくないそう。
そうして、粘土に細やかな特徴を落とし込む。目以外の要素で、『その人らしさ』を表現しているのだ。

そんな作品を生み出すえりなさんのミニチュアクレイ歴は26年。しかし、そのほとんどは趣味の時間だったという。本格的に作家活動を始めたのは、ほんの2年前。

その背景には、母として生きる時間の中で、自分自身の居場所を探し続けてきた歳月があった。

「花屋って言いたかった」

えりなさんが粘土と出会ったのは20歳頃だった。
高校卒業後、一度は東京の学校へ進学したものの、ホームシックになり福岡へ戻ってきた。その後、花の専門学校へ進学する。なぜ花の専門学校だったのか。その理由を尋ねると、思いがけない答えが返ってきた。

「不純な理由なんですよ。職業を聞かれて、花屋って言いたかったんです。かわいいじゃないですか」。

えりなさんはそう言って、大きく笑った。
当時、えりなさんには、お気に入りの花屋があった。そこへ通ううちにオーナーと親しくなり、やがて住み込みで花屋を手伝うようになった。

「お花屋さんの雰囲気も好きだったんですけど、オーナーさん自身がすごく魅力的で」。

オーナーの元で学ぶ日々の中で、粘土とも出会う。その花屋では、鉢植えに挿す小さなピックを作っていたそうだ。このピック作りが、ミニチュア制作の原点となっていく。

その後は別の花屋で働くこととなり、仕事として粘土に触れることはなくなった。しかし、趣味としての制作は続いていく。そして気づけば、作品はどんどん小さくなっていった。

「小さいって、それだけでかわいいじゃないですか。逆に、大きいと粗が目立つというか(笑)」

振り返れば、花屋を選んだ理由も、小さな作品を作り続けてきた理由も、とてもシンプルだ。
「かわいい」。その素直な感覚が、気づけば26年続くものづくりにつながっていた。

日常が育てた、観察眼と再現力

結婚し、子育てが始まり、専業主婦期間が長く続いた。当時は「専業主婦=時間がありそう」という世間のイメージもあり、ぼーっとしている時間に後ろめたさを感じていたという。

「忙しいふりをするために、どんどん突き詰めていった感じです。靴とかも紐とか、見れば見るほど発見があって、見てたら作りたくなるわけですよ(笑)」。

その積み重ねが、えりなさんの観察眼と再現力を育てていった。
粘土に触れていない時でも、目に入った色を見ては「この色とこの色を混ぜたら作れそうだな」と考える。そんな癖がいつの間にか身につき、今では写真を見れば、肌の色も髪色もほとんど同じ色を作ることができるようになった。

とはいえ、後ろめたさを消すためだけでは26年も続かないだろう。驚くほど精巧な作品を見ていると、器用だからできるのだと思ってしまうが、本人は首を横に振る。

「不器用なんですよ。折り紙も好きだけど、端と端を合わせるのが難しくて。でも、粘土って失敗したら潰して、何回でもやり直しができるんですよね」。

思い通りにならなければ作り直す。パーツをなくしても、探すのはほんの少しの時間だけ。

「パーツは小さいから、作るのにそんなに粘土は使わないんですよ。だから惜しみなく使えるのと、見つからないときは作った方が早いんです」。

そう話すえりなさんは、驚くほどあっけらかんとしていた。その軽やかさもまた、26年続けられた理由なのかもしれない。

誰かの存在をかたちにする

転機が訪れたのは2年前だった。猫のアクセサリーやグッズを制作していた当時、価格や作品の売れ行きを考えれば考えるほど、「このままでいいのだろうか」と釈然としない気持ちを抱えていた。
そんな時、友人が始めたハンドメイド作家を対象にした講座に参加。そこで投げかけられたのが、「本当にアクセサリーを作りたいの?」という問いだった。

本当に作りたいものは何だろう。自分が残したいものは何だろう。
たどり着いたのは、「人生の節目を形として残す」という発想だった。そして、結婚式のウェルカムボードの制作に挑戦した。新郎新婦が当日着用する衣装やブーケをミニチュアで再現する作品だ。
ところが、道が開けたと思った先には困難も伴った。

「新郎新婦の衣装が決まってから、結婚式の当日までの期間が短いんですよ。人生最大のイベントを短期間で制作するので、プレッシャーは大きかったですね」。

ウエディングボードの制作を続けるのは難しいかもしれない。
そう感じ始めた頃、えりなさんは自身を再現した小さなフィギュアを作ってみた。

「当初はSNSに自分の顔を出すのに抵抗があって、自分の代わりになってもらおうと思って作ったんです」。

人生の節目を残したいという想いと、自分の分身を作るという発想。その二つが結びついたことで、『マイフィギュア』の原型ができあがっていった。

「想いとか記念を立体で残せたら面白いなと思ったんです」。

その想いをさらに強くしたのは、17年前に亡くなったお父さんの存在だった。

「父の遺影を見ることができなくて。ちょっと寂しくて、あんまり見たくないというか。でも、何も置いておかないのも寂しくて。こういう形だったら、飾ってあげられるかなっていう思いもありますね」。

日常の中にそっといてくれる、もうひとりのその人。
『マイフィギュア』は、そんな存在として少しずつ形になっていった。

母であること、自分であること

えりなさんは現在、介護の仕事をしながら、ミニチュアクレイの制作に力を注いでいる。
当初は週5日だった勤務も、今では週3〜4日と、少しずつ制作に充てる時間を増やしてきた。
その背景には、家族への想いがある。えりなさんは二人の娘を育てる母親でもあるのだ。

「二重人格じゃないけど、母である私と、作家としての私はちょっと別物なんですよ」。

制作中は母という役割から離れ、一人の自分でいられる時間だった。だからこそ続けてこられたのだ。

しかし半年前に体調を崩し、粘土に触れない時期もあった。作りたい気持ちも湧かず、しばらくは作品づくりから離れていた。

それでも辞めたいとは思わなかった。続けたいと思った時に戻れるよう、SNSでの発信は続けた。作りたくなるまで自分を待とう。そう決めて過ごした。

それでも、すでに案内を出していたカレンダーのミニチュアだけは作らなければならなかった。1cmほどの小さな作品だったこともあり、久しぶりに手を動かしてみると、不思議と気持ちはまた粘土へ向かっていった。

人生は一度きり

「最近は、私の作品を見て『私も作ってみたい』『不器用だけどできますか?』と声をいただくことが増えたんです」。

この夏、えりなさんは対面での『親子ミニチュアワークショップ』をスタートするという。

「子育て中のお母さんたちって、家族や子どもを優先しがちだと思うんですよ。私自身もそうだったからこそ、自分が楽しめる時間の大切さを感じていて。
親子ミニチュアワークショップを通して、子どもたちだけでなく、お母さんたちにも『自分の好き』を楽しむ時間を届けていけたらと思っています」。

体調を崩した経験を経て、改めて気づいたこともあった。やりたいと思ったことを、いつまでも先送りにはできないということだ。

最後に、これから何かを始めたい人へのメッセージを尋ねた。

「大事なのは度胸だと思います。するか、しないか。今しか動けないかもしれないから」。

そう話すえりなさん自身も、いま新たな挑戦の途中にいる。

「子どもたちがやりたいことを見つけた時には応援したいんです。部活で全国大会に出るなら応援に行きたいし、『今月は無理』とは言いたくない。そのためにも、自分自身も頑張りたいなって」。

「子どもにめっちゃインスタをチェックされてます」と笑う。

母が子を応援する以上に、子は母を応援しているのだろう。

26年続けてきた活動は、2年前には想像もしなかった今へとつながった。

『マイフィギュア』は、誰かの分身として生まれる小さな存在だ。
目はない。けれど、不思議なほどその人らしい。
手のひらほどの小さな分身には、今日もそれぞれの物語が静かに託されている。

【ミニチュアクレイ職人 えりな】
Instagram:https://www.instagram.com/erina.miniature_clay/

この記事の執筆者

自他ともに認める”検索魔”。パソコンとスマホは手放せません。
知らない世界を覗き見るのが大好き。

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ミニチュアクレイ職人えりな
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小さな世界で、大切な瞬間を残す人。
6cmほどの『マイフィギュア』や、2cmの分身『豆チュア』などを制作。

好きな物は、錆びている物。物質を錆びさせる方法まで教えてくれます。錆びている物を収集していた時期もあるそう。

家にいる2匹の猫の名前は「ふく」「きたる」。エビとシマドジョウもいます。

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