「この靴があれば大丈夫」を形に。オーダーメイドの靴MarikoK 加藤真理子

「良い靴」と聞いて、あなたはどんな靴を思い浮かべるだろうか。
履き心地の良い靴。デザインが素敵な靴。答えは人それぞれだ。
だが、佐賀県基山町でオーダーメイドの靴 MarikoKを営む靴職人・加藤真理子さんの答えは、その先にある。

天井が高い空間の中央にある丸テーブルに並ぶ色とりどりの靴。一足一足から、作り手の丁寧な想いが伝わってくる空間で、加藤さんは言う。

「『これがあれば安心する』という靴が、良い靴だと思います 。旅に出るときにも、この靴があればどこまでも歩ける。私が作った靴もそう思ってもらえたら嬉しい」

その言葉のとおり、加藤さんが作る靴は、足の形だけに合わせたものではない。

歩き方・生活習慣・日々感じている小さな悩み。一人ひとりと向き合いながら、その人の暮らしに寄り添う一足を設計する。

「この靴があれば大丈夫」

その言葉にたどり着くまでに、加藤さんの中で靴づくりの意味は一度、静かに変わっている。

合う靴がないから、足が痛くなるわけを考えた

今でこそそんな想いを持つ加藤さんだが、大学を卒業後、別の業界で営業の仕事についた。

「就職でなぜか営業にいったんですけど、正直向いてないかもと(笑)。でも東京にいたのも、足が痛くなったのも営業のおかげで。作り手としては遠回りだったかもしれないけど、そこから靴を作りたいと思うきっかけをもらえたんです 」 

そう笑いながら振り返る加藤さんだが、その言葉の奥には、頭で考えるだけではなく、自分の手で何かを作り出したいという思いがあった。

転機になったのは、痛くない靴を探し続けた経験だった。歩くたびに足が痛む。それでも、探しても探しても、こころから気に入る一足には出会えない。

「自分に合う靴を探しても探してもなくて。じゃあ、なぜ足が痛くなるんだろう、と考えるようになって」

その疑問が、加藤さんを靴そのものではなく、足の構造そのものへと向かわせた。

「足の構造から教えてくれるセミナーをたまたま見つけて、思い切って勉強しに行ったんです」 

そこで学びを深めているときに、出会ったある言葉が、加藤さんの人生を動かした。

「『これって全然仕事にできるんですけどね』という講師の話を聞いて、あ、これじゃない?って思いました」 

その直感を受けて、加藤さんは靴づくりを学べる学校へ進むことを決める。3年ほど勤めた会社を辞めることに、迷いはなかった。

「とにかく、新しいことへ挑戦したかった気持ちが強かったですね(笑)」

夢や覚悟に加えて「今いる場所を変えたい」という切実な気持ちが、加藤さんの背中をさらに後押しした。

靴だけではなく「靴とともにある生き方」に惹かれた

靴づくりを学んだ加藤さんは、その後、整形靴(義肢装具)を作る会社で働いていた。足に大きな悩みを持つ人のための靴づくりに携わる日々は、やりがいもあり楽しかった。
そんなとき、イギリスに女性の靴職人がいることを聞き、彼女の動画を観た。

人口2000〜3000人ほどの田舎町。彼女の工房や働いている風景。そこで、若い女性が靴づくりだけで生計を立てていた。それは、靴づくりの技術そのものよりも、靴とともにある「生き方」だった。

「こんな田舎まで靴を求めてお客さんが来てくれるんだ 、と、衝撃でしたね」

それが、後に加藤さんの師匠となるルース・エミリー・デイヴィだった。

動画を観てしばらくしてビザを申込み、申請許可が出た。しかし、そこまでしながらも、まだ迷いも不安も尽きなかった。それでも英会話を学び、準備と迷いを交差させながら、結局は行くことを決めた。

「さすがに、アポも取らずにイギリスに行ったので『らしくないね』と、皆に言われました」

振り返りながら笑う加藤さん。
そうして、思い切って得たイギリスでの経験は、今も彼女に大きな影響を与えているという。

「エシカルを意識するようになりましたね。ものを長く使うこと。手直しをすること。むやみに新しいものを買わないこと」

また、滞在中のある忘れられないエピソードを話してくれた。

「半年間のロンドンに滞在中、王家御用達の工房を訪れる機会があったんですけど、たまたま『チャールズの靴なんだけど』と見せてもらった靴があって。それが、パッチだらけだったんです」

王族でさえ、靴を大切に、修理しながら長く使う。その光景に、加藤さんは驚いたという。

サイズが合わなくなった父親の靴を、リサイズしてでも息子が履き継ぐ。買い替えるのではなく、直しながら付き合う。それが当たり前にある文化だった。

そして、加藤さんの心に深く刺さった言葉がある。
デザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドのメッセージ。

「Buy Less, Choose Well, Make it Last」
 --よく選び、必要なものだけを買い、長持ちさせること


その思想に強く共感した加藤さんは、「本当にこれがすべてだ」と、今でも店内にそのポスターを飾っている。

ものを大切にしながらも、自由な価値観を持つ。そんなエシカルな靴との付き合い方に、加藤さんは強く惹かれていった。

靴が育つ、という考え方

加藤さんが作る靴は、一見すると少し変わった形をしている。本来の「足そのものの形」をした木型を使い、踵と甲で足をしっかり固定する、まさに「歩くための靴」。

そんな加藤さんが靴づくりの中で、一番好きだと語る工程がある。

「設計しているところ。型紙を切って、この設計だったらうまくいくでしょ、というところですね。そこが靴を作る工程で、一番の要なんです」

じつは、歩き方・脱ぎ履きのしやすさ・持病や足首の弱さ・靴下の厚みなど、加藤さんは、足の形だけでなく、その人の暮らしも垣間見ながら、型紙を起こしていく。

「何を履いても痛いという人は、初めから柔らかい革でないと馴染む前にすぐに履かなくなるだろうし、男性とかでガツガツ歩かれる方だと、柔らかい革だとすぐにへたれてしまう」 

靴のオーダーといっても、単に足を測って作るだけではなく、生活を設計しているという方が近いのかもしれない。

加藤さんの靴に対する考えが変わったのは、イギリスでのことだった。

それまでは、伝統技法で隙なく作られたものが「良い靴」と思っていたが、はじめて師匠のもとで自身のために作った靴を履いたとき、その考えは覆された。

「足に合わせてどんどん馴染んでいく。 靴が育っていくというものでした」

靴を完成品として渡すのではなく、履く人と共に変化していくもの。

そうして育っていく靴は、強いつま先を、土踏まずを、足首を、すっと伸びたエレガントな姿勢を、自然なバランスを、快適な歩行を、履く人にもたらしていく。

そう捉え直したとき、「良い靴」の意味が変わった。

「以前は、いわゆる昔ながらの伝統的な作り方で作られた靴が、良い靴だと思っていました。 でも今は、最初からその人の足になじむように、日常的に履いてもらえる靴が、良い靴だと思います。 オーダーで作った靴は高額だからといって、特別なときにしか履かないと言われる方が多いんですけど、毎日、元を取るくらい履いてほしいんです(笑)」

師匠から受け継いだそのシンプルな哲学が、加藤さんの設計の真ん中にある。 

忘れられないのは、作れなかった靴

加藤さんに、印象に残っている靴を尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「作れなかった靴のことを、今でも考えます」

とあるお客様からの依頼だった。

「MarikoKの靴のデザインが好きで履きたいとオーダーがありました。本当に嬉しかったんですけど、その方は歩行に困難があって、 どうしてもデザインを保ちながら足に合わせて作ることが難しくて 」

何度も考え、専門の友人にも相談した。それでも、形にすることができなかった。

「今の技術ならどういうアプローチができたかな、と時々思います。あの方は今、どうされているのかなって」

多くのオーダーを成功させてきた今でも、そのときの悔しさが、加藤さんの胸の中にずっと残り続けている。

だからこそ、あのときの限界を忘れず、今の加藤さんは、目の前で作る一足にどこまでも丁寧に向き合っている。

また、かつて注文をしてくれたある方に「できれば若い職人に作っていただきたい」と言われて作った一足があった。理由を聞くと、この先もメンテナンスをしながら、長く付き合っていきたいからだという。

価格ではなく価値を選ぶその姿勢は、加藤さん自身の生き方ともまっすぐにつながっている。

基山というまち、ひらかれた場所での人とのつながり

現在、加藤さんは佐賀県基山町にある地域の拠点「基山フューチャーセンターラボ」の中に自身のショップを構え、訪れる人を迎えている。今年で、開業9年目を迎えた。

「自宅だけで一人でやっていたら、また違っていたと思います」
ここでの人とのつながりに救われた、と加藤さんは振り返る。

「この基山フューチャーセンターラボがなかったら、おそらく基山にはいなかった」
靴職人は、一人で深く向き合う仕事だ。だからこそ「ひらかれた場所」で人とつながる環境があることが、続けていく大きな力になっている。

数年前より、クラフトイベントへの出店を通じて、広島など遠方にも足を運び、MarikoKの靴を届ける機会を広げているという。

迷ったら、あとで笑い話になる方へ

仕事について、大変だったことを尋ねると、しばらく「うーん」と唸りながら考え込んだ。ゆっくりと言葉を探すその様子は、丁寧な靴づくりの姿勢そのものに重なる。

結局、答えは出なかった。 

「ずっと楽しいんです。靴作りに携わっているときは、これがしたかった、と思える時間なので」

人生において迷ったときは、後で笑って話せる方を選ぶ。

「よく『迷ったら後悔しないほうを選びなさい』というのを見るけど、後悔となると大きなことに感じてしまうので、迷ったときは、挑戦して失敗したけど、面白くない?って言える方を選ぶようにしてます」

もし、迷っていた当時の自分に声をかけられるなら、と聞くと、こんな言葉が返ってきた。

「面白いから、やってみな」

その言葉は、きっと今、一歩を踏み出そうか迷っている誰かの背中も、そっと押してくれる。

石橋を叩いて渡るタイプで、基本は小心者だと自分を語る加藤さん。イギリス行きの前も、開業する前も、悪夢を毎晩見るほど緊張していたという。

それでも、挑戦すると決めたら、動く。

加藤さんは今日も、工房で靴と向き合っている。

「この靴があれば大丈夫」

あなたの毎日に寄り添い、すっと姿勢が伸びるような、とびきりの一足を設計するために。

この記事の執筆者

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森林浴ファシリテーター、ライター。太宰府在住。
森を歩くこと、対話すること、チャレンジすることが好き。最後の晩餐はうなぎ。
「感覚を、ことばへ。」

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MarikoKオーダーメイドの靴加藤真理子
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イギリスの師匠のもとで学び、靴に足を合わせるのではなく、本来の足に合った靴をつくる女性靴職人。

足指が自由に広がるつま先、土踏まずに沿った木型を使った「足そのものの形」のローヒール靴が特徴。

元酒蔵の趣あるお店で、あなたの暮らしに寄り添う一足に出会いに来てほしい。

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