器ひとつで、子どもの食卓にわくわくを。『陶芸工房プラス』 代表・陶芸家 / 林 千貴

「卒園する子どもたちが絵付けした器を、次の代の園の子たちが給食食器として使う。それが代々受け継がれていく……そんな食育も良いと思うんです」。
そう語るのは、陶芸家の林 千貴(はやしかずき)さん。糟屋郡宇美町で『陶芸工房プラス』を営んでいる。
「どうぞ」と取材前に私の手元に置かれたそのコーヒーカップは、決して自分を主張しているわけではなく、静かにそこにある。それなのに、口に入れる前から「美味しい」ことを想像してしまうような、不思議なぬくもりを感じる。
このコーヒーカップの作り手である林さんが、熱意をもって取り組んでいる事業がある。それが2026年9月に本格スタートする、幼児教育用給食食器の提供事業『はぐくむ器(うつわ)』だ。

「“作る”と“使う”の両方の体験を通して、食器を大事に扱う気持ちを『育みたい』から、『はぐくむ器』にしました」。
はぐくむ器は、強化磁器という種類の陶器を使う。
一般的な磁器と比べて割れにくく、耐久性に優れているという特徴から、衛生的に長く愛用できるのがメリットだ。
「子どもたちが自分で関わった『本物の陶器』で給食を食べることは、食事の時間を楽しく過ごせるきっかけになるんじゃないかと。そして、年長さんが年中さんのために器に絵を描く体験は、未来にわくわくを届けるイベントになると思って」。
そう語る林さんは、2年前からコツコツと、この事業のために念入りに準備を進めてきたという。
彼のここに至るまでの歩みは、平坦な道ではなかった。
むしろ、現実の壁に幾度もぶつかりながら、それでも「自分の道は自分で正解にする」と静かに情熱を燃やし続けてきた、地道でタフな挑戦のプロセスだった。
固められない将来像を受け入れ、表現の自由を学びに行く

「幼いころから陶芸やモノづくりが好き!というわけではなかったんです」。
中高生では、勉学と部活動に打ち込む日々。そして進路選択の時期になっても、「将来これがしたい!」という明確な夢があったわけではなかった。
「当時、特段やりたいことが見つからないなかでも、獣医さんの仕事はちょっとやってみたいかなあという気持ちがあったんです」。
しかし、獣医学部への進学は非常に難関で、初年度・浪人ともに不合格。
そして、他に心惹かれる道を検討した彼が見出したのが、アメリカのイースタン・ワシントン大学への留学だった。
「当時、グラフィックデザインに少し興味があって、それをアメリカで学んでみるのは面白そうだと。かといって、すごく好き!ではなく、浅い“好き”でした。
ただアメリカの大学は日本と違って入学時に専攻を決めず、2年次までに専門を決めればいい仕組みなので、それが入学前から進路を絞りたくなかった自分にとっては合っていたのかなとも思います」。
「アメリカの大学に行きたいんだけど」と親にポロっと漏らしたとき、帰ってきたのは「じゃあ、行く?」という思いがけない言葉だった。
「自分から言い出した手前、後に引けなくなって(笑)。反対されるどころか、思っていたよりも、あっさり決まりました」。
「あまり周囲に相談するタイプではない性格なんです」と話す林さん。親御さんの対応は、彼の性格を汲んでのことだったのかもしれない。

そうして渡米し、語学学校を経てイースタン・ワシントン大学へ進学した林さんを待っていたのは、圧倒的な「自由」だった。
「子育てが落ち着いて学び直しに来る主婦の方や、自分の受けたい授業だけを受けに来るおじいちゃんまで、いろんな方が講義を受けに来ていました。年齢や肩書に関係なく、学びたい人が自由に学ぶ空間だったんです」。
2年次にアート分野へ進み、デッサンや彫刻、デザインなどの基礎を網羅的に学んだ林さん。その中で、「面白いかも」と感じて3年次に専攻として選んだのが“陶芸”だった。
「18歳の頃の僕は、『“30年後の自分の理想像”を決めて、逆算で進路を選ぶ』ということができなくて。だから1〜2年次に気になる分野をすべて履修しました。その中から、面白そう!という直感で心が動いたのが、陶芸だったんです」。
そして、この陶芸クラスで出会ったリサ・ナッパ教授の存在が、林さんの陶芸家人生のテーマとなる「自由」の原点になった。
リサ教授は生徒の作品を「すごいね」と素直に褒め、伸び伸びと作らせてくれる寛容な人物だった。
「リサ先生の人柄をとても尊敬しています。彼女との出会いがなかったら、僕は今のように自由な発想で陶芸をやっていなかったかもしれないですね」。
自由な創作の魅力に引き込まれた林さんは、講義が終わるとスタジオに入り浸り、夢中で作品を作り続ける……そんな大学生活を送っていたそうだ。
帰国して遠ざかる陶芸。軌道に乗るまでの長い道のり

2003年にアメリカの大学を卒業して帰国した林さん。
しかし、待っていたのは「好きな陶芸だけで食べていく」という現実ではなかった。
本心ではアメリカの大学院へ進学したかったものの、資金面で断念。
まずは生活費を稼ぐため時給の良い塾講師のアルバイトを始めた。そして熱心な働きが評価され、「社員になってほしい」と強く頼み込まれたという。
頼みを受け入れるかたちで社員となり、激務の中で作品づくりから遠ざかる日々が続いた。
しかし「このままではいけない」と3年後塾を退職。そして「どうしても陶芸を学び続けたい」という気持ちから、佐賀の窯業大学校を受験し合格するも、通学することを断念。
それでもアートへの道を諦めきれなかった林さんは、定時で上がれる封筒メーカーへ転職した。そこで営業事務として働きながら、夜間はデザインのキャリアスクール(バンタン学院)へ通うことに。高校時代に好きだったグラフィックデザインに、立ち返ることにしたのだ。
その後、学びを活かして広告代理店へ転職したものの、待っていたのは不眠不休のつらい環境。1年で限界を迎え、大手印刷会社のオペレーターへと再転職を果たす。
そして仕事に慣れてきた頃から、徐々に、陶芸を再スタートする。
そんなある日、ギャラリーで個展を開いていた作家さんとの縁をきっかけに、大きな転機が訪れる。
「僕が『また個展をやりたいんですよね』とポロっと呟いたら『じゃあ今すぐ決めなさいよ!私からオーナーに電話しておくから』と、その場で個展の開催が決まりました。本当に、あの出会いとあの一言のおかげです」。
こうして、仕事と並行してコツコツ頑張っていた林さんの作品づくりの姿勢が、実を結んだ。

そして会社員として働きながら個展を開催し、ついに2011年、30代で自身の『陶芸工房プラス』を開業。
帰国してから、実に8年。
自分の「好き」や「面白そう」を形にするため、試行錯誤して拓いた道だった。
とはいえ、まだ生徒数が少ない開業初期は、工房の営業後に家庭教師のアルバイトへ向かうなど、計画的に「食べていく環境」を作り続けた林さん。
彼は、それも苦ではなかったという。
「自分がやりたいと思ってやっていたことでしたから。はたから見て“労働”と呼ばれる苦労に見えることでも、僕には楽しく取り組めていました」。
コロナ禍を「作品づくりの時間」へ。置かれた場所で咲く強さ

独立後、地道な努力で徐々に生徒数を増やして収入を安定させていった林さんだったが、2020年、コロナ禍という予期せぬ事態で、工房の営業は一変した。
「不要不急の外出自粛」により、体験レッスンはすべてキャンセルとなり、生徒も通えない日々。
しかし、多くの事業者が頭を抱える中、林さんの口から「辛かった」「辞めようと思った」という言葉が出ることは一度もなかった。
「教室を開けていても誰も来ないなら、自分の作品を作り溜めて売ればいい……そんなことを考えていました」。
起こってしまった状況を悲観するのではなく、「今、自分にできること」に淡々と集中する。
数々の現実を乗り越えてきた林さんだからこそ、このような逆境においても「自分で正解をつくる」思考体質が養われていたのだろう。
この期間に試行錯誤を重ねて完成させたブロンズ釉(ゆう)の作品は、現在の工房を支える看板商品へと成長した。それは工房内での販売だけにとどまらず、自身のECサイトへの出品にも繋がっている。
2年間あたためた『はぐくむ器』に込める想い

林さんは今、地域や子どもたちの未来を見つめている。
冒頭で紹介した『はぐくむ器』の構想は、波佐見焼の協業業者へ自ら通い、地元の職人の方々と膝を突き合わせて信頼を築くなかで、ようやく形になったものだ。
「子供達が自分たちで絵付けをした器を園の給食食器として使ってもらう事で、食育促進にもなります。まずは実際に作ってみて、それを使ってもらって、楽しんでほしい。
そして、テーブルを一つのキャンバスとして見立てて、そこに自分たちが絵付けをした器を置いたら、また大きな一枚の絵になる。それが最終的な完成イメージなんです」。
林さんのプレゼン資料には、食事用のテーブルに大きな樹の幹が書いてあり、そこに子どもたちが花の絵付けをした食器を置いている画像があった。真上から見たそのテーブルは、“たくさんの花が咲いている1本の樹”として1枚の絵になっている。
「実はこの取り組みを、全国の幼児教育現場のムーブメントにすることも目標なんですよね!まずは福岡や九州から。そして全国へ広げていきたいと考えています」。
林さんの名刺には、こんな言葉が記されている。
『楽しくわくわく、自由な発想で、人との繋がりを大切にします』
やりたいことが見つけられなかった高校時代。作陶から離れた会社員時代。そして、平常運転ができなくなったコロナ禍……。
決して真っすぐな道ではなく、順風満帆ではなかった日々の中から、常に「わくわくする選択」を見出してきた林さんだからこそ、重みを持って響く言葉だ。
「僕はもともと飽き性なので、正直なところ陶芸にも飽きています(笑)。でも飽き性だからこそ、まだ作ったことのない形や、使ったことのない色を組み合わせたりして、より綺麗な作品をつくるために、試行錯誤できるんです」。

「好き」を仕事にするということは、決して楽な道を選ぶことではない。
しかし、つらい下積みや逆境の時代さえも、林さんは「面白くなってきた」と、自分のわくわくに繋げる力で乗り越えてきた。
食への関心が薄れつつある現代で、林さんが手がける「温もりのある器」と「温もりを広げる活動」は、私たちに新たな「食育のあり方」を提案している。

そして取材を終えるころ、アトリエの入り口に並ぶ林さん作の陶器のイヤリングを眺めながら、「どれを連れて帰ろうか」と夢中で迷っている自分がいた。
私たちの日常を心から豊かにしてくれるものは、地道に試行錯誤を重ねる「わくわく」から生まれてくるのかもしれない。
【陶芸工房プラス】
ホームページ:https://www.cs-plus.net/
Instagram:https://www.instagram.com/tougei.plus/
Facebook:https://www.facebook.com/ceramic.plus/
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この記事の執筆者
年子3人を育てています。2026年からは、登山とヨガとダンスを趣味にするのが目標!



