『いただきます』の、その先へ akanemiso 古賀茜

今朝の「いただきます」を、私はどんな気持ちで口にしただろう。

白米とお味噌汁、ウインナー、目玉焼き、きゅうりの浅漬け。
食卓に並ぶ一つひとつが、数えきれないほどの人の手を渡って届いている。

そんな当たり前のことを、もう一度見つめ直させてくれた人がいた。

「私の過去なんて、どうでもいいんです」。

そう言って笑ったのは、akanemisoの古賀茜さん。

「自分のことよりも、一つの商品に携わる人たちのことを知ってほしい」。

古賀さんのことを聞いているはずなのに、話はいつの間にか彼女の周囲の人たちのことへ移っていく。自分のことよりも、誰かのこと。
その姿に、古賀さんという人が少し見えた気がした。

料理から、食へ

福岡市・けやき通り。実家のジャズバーには人が集い、美味しい料理を囲む風景が、古賀さんの日常だった。幼い頃から、両親や親戚が料理をする姿を見ながら育ったという。

「若い頃は、自分のお店を持つのが夢だったんです」。

古賀さんは社会人になると、飲食の世界へ進んだ。

「自分が料理を作ってるっていうよりは、お店を運営していく勉強をしてました」。

いつか自分のお店を持つ。そのために積み重ねてきた日々は、妊娠を機に途切れることとなった。長期の安静入院を余儀なくされ、働くことが難しくなり、飲食店を離れることになったのだ。
そして出産後、さらに大きな出来事が待っていた。

「子どもが卵アレルギーだったんです。そこで食べ物のことを勉強して、4歳頃まではマクロビオティックを取り入れて育てました」。

マクロビオティックは、旬の食材や発酵食品を取り入れ、自然と調和した暮らしを大切にする食養生のひとつ。東洋の「陰陽」の考え方を取り入れ、肉や卵、乳製品などはできるだけ控え、植物性の食材を中心とした食生活を基本とする。
家族のためにできること。味噌作りも、その中の一つだった。
当時はマクロビオティックを実践する人も少なく、化粧品まで自分で作っていたと話す。

「変な人だと思われてたと思います(笑)今思えば、自分の視野が狭くなってましたね」。

そんな日々を経て、子どもが保育園に通うようになると、食との向き合い方は少しずつ変化していった。

「保育園で色々食べるようになるし、動物性タンパク質も必要だし、食べさせないといけない。あまりガチガチに考えないようになりました」。

その後、古賀さんは介護施設や保育園で給食に携わる仕事に就いた。年齢も体の状態も異なる人たちの食事を支えるなかで、改めて「食」が持つ役割の大きさを実感したという。

「保育園では、ふわっと舞い上がった小麦粉を吸うだけでも、アナフィラシーを起こす子もいたんです。食べ物は栄養にもなるけど、命にも関わることだから怖い部分でもありますよね」。

食が命に関わるという現場での経験が、古賀さんの関心を「美味しいものを作ること」から、食そのものへと広げていった。

「保育園給食主任を辞めて、今から何をしようかなって思った時に、ただ美味しいものを作るだけじゃないことをしたいなと。環境のこととか、食べ物のこととかいろいろ勉強し直しました」。

その想いを形にするため、自宅で味噌教室を開くようになり、伝統食を教える料理教室の講師として活動するようになった。そんなある日、「麹を作ってみないか?」と声が掛かった。

「『興味がありそうだな』と思ってもらったんだと思います。あとは、本当に人手不足だったみたいで」。

多い時には麹は100キロ以上、味噌は約300キロを扱う、体力のいる仕事だ。家庭で味噌を仕込むこととは、まったく違う世界だった。
一から教えてもらいながら、目の前の麹と向き合う日々の中で、転機は思いがけず訪れた。

「『個人でやってみてもいいよ』っていう話になって、自分の名前ですることになったんです」。

そうして3年前、「akanemiso」として新たな一歩を踏み出した。
現在は味噌や麹の販売に加え、味噌作りワークショップや料理教室を通して、食文化を伝える活動も行っている。

遠回りしても、出会える人には出会える

「akanemiso」の商品には、古賀さんらしさが表れている。

「できるだけゴミが出ないようにしたいので、味噌の容器はタッパーがわりに何回でも使えるものなんですよ」。

「パッケージのイラストは、福祉作業所の工房まるさんのアーティスト大成楽くんのイラストです。楽くんの温かくて優しいイラストがとても好きで、彼のイラストが冷蔵庫にいつもある風景になったら、いろんな人たちが当たり前に活躍していく風景にもっと近づいていくような気がして。そんな繋がりの小さなきっかけになれればいいなって」。

「私がやりたいことって、麹とか味噌を作ることだけじゃないんですよ」。

そう言って、古賀さんは少し考えるように言葉を続けた。

「私、材料を作る人が好きなんです。お米を作っている人とか、大豆を育てている人とか。みんな本当に素敵なんですよ。だから、私の商品を見てほしいというより、その人たちを感じてほしいんです」。

「ただ美味しいものを作りたいわけではなくて。農家さんもそうだし、楽くんもそうだし、全部が循環の一つになってると思ってるんです。みんなの手仕事のおかげですね」。

取材の冒頭で話していた「私の過去なんてどうでもいい」という言葉は、決して謙遜ではなかった。
いつも古賀さんが見ているのは、自分の仕事のその先にいる人たちだ。

「去年はものすごく暑かったので、大豆を農薬も化学肥料も使わずに育てる方になかなか出会えなかったんですよね。それでも、ご縁がある方にはちゃんと出会えたんです」。

古賀さんは、どこで、どんな人が、どのように育てたものなのか、自分が使う材料のことをできる限り知っておきたいと考えている。

その想いから、納得できる大豆を求めて、何年も農家を探し続けてきた。出会いは人から人へと縁を辿った先に。振り返れば、そんな出会い方は一度だけではなかった。
後になって、実は身近な人同士がつながっていて、「言ってくれたら、すぐ繋げたのに」と言われることもあったという。

「『遠回りしても、出会える人には出会えるんだよ』って、言ってくれた人がいるんですね。それがありがたくて、すごく嬉しかったです」。

「スピリチュアルじゃなくて、そういうご縁ってあるんですよね」。

命を預かるということ

「絶対に無駄にはできないんです」。

古賀さんが少し表情を引き締めてそう言った。麹を作る時、頭に浮かぶのは農家さんの顔だという。

「農家さんの気持ちをすごく感じます。材料を作ってくれる人がいるからこそ、食べることができるし、仕事ができるし。『絶対無駄にしないようにしよう』って思いますね」。

麹を手に取りながら、古賀さんはこんな言葉も続けた。

「この子たちって、生きているんですよね。かわいいんですよ。私たちはそれを食べて生かされているっていうのを、毎回実感してます」。

心まで見ているように

「麹には、自分自身を見透かされているような感じがします」。

そう話す古賀さんは、麹を仕込む間、できるだけ穏やかに過ごすよう心がけているという。
以前、「イライラしながら仕込んだら味噌がカビてしまった」という話を聞いたことがあるそうだ。科学的な根拠があるわけではないが、気持ちが麹に伝わるような気がするという。だからこそ、できるだけ心を整えていようと心がけている。

「でも、心が乱れないようにって思ってる時点で、もうちょっと乱れてるんですよね」。

そう言って笑う。

「麹や味噌を食べてもらう人にも、その穏やかさが届くような気がするので。心穏やかに、健康に受け取ってもらえたらと思ってます」。

そんなふうに麹と向き合う一方で、思い通りにならないのも麹作りだ。
米を蒸して種麹をつけ、温度や湿度を細かく調整しながら、およそ3日間かけて育てていく。その間、麹は少しずつ呼吸をし、自ら熱を持ちながら変化する。
同じ季節でも、気温や湿度、米の状態は日々違う。前回うまくいったやり方が、今回も正解とは限らない。

「毎回できるだけ同じレベルのものを出したいんですけど、ちょっとずつ違うかな。なかなか同じにはいかないです。でも、それも楽しいし、そういうのも楽しんでもらえると嬉しいですね」。

出来上がった麹にも、それぞれ個性がある。

「これは男前な麹だから、味噌にしたらめちゃくちゃ美味しいだろうなとか。これは甘酒に向いてるなとか」。

麹が育った時の香りは「栗香(くりか)」とも呼ばれる。蒸したり、焼いたりした栗のような香りだそう。

「これはいいのができたって時は、香りとか全然違うんですよね。昔から鼻は良かったんです」。

少しずつ違う麹の表情を感じ取りながらも、「まだまだ未熟だし、毎回心配」と古賀さんは話す。

つないでいきたいもの

「関係ないように見えるかもしれないけど、気持ちは同じなんですよ」。

そう言って古賀さんが取り出したのは、チェコの伝統工芸品『ガラスボタン』だった。

「海外の伝統工芸も、日本みたいに後継者不足とか高齢化が起きてるんです。このガラスボタンを作れる人も、2人しかいないらしいんです。後継者もいなくて」。

そんな話を聞いた時、日本の味噌作りと重なったという。

日本では味噌の消費量が年々減り、かつては各家庭で当たり前だった味噌作りも、今では珍しい光景になっている。暮らしの中にあった手仕事が、少しずつ遠いものになっている。一度失われてしまえば、もう元には戻せないかもしれない。

「味噌もガラスボタンも、おこがましいですけど、未来へつづくための一助になれたらと思っています」。

また、古賀さんが残したいのは、作り方だけではない。味噌を仕込む時間そのものに、大切な価値を感じている。

「味噌を仕込んでいる時って、本当にみんな楽しそうなんですよ。昔は農家さんや近所の人たちが集まって、わいわい話しながら仕込んでいたんだろうなって思うんです」。

同じ材料を使い、同じように仕込んでも、出来上がる味噌は一つとして同じにならない。
味噌を仕込んだ人の常在菌や、置かれた環境によって、味も色も変わっていく。

「みんな違って、みんないいんですよね。みんながお味噌を作ったら平和になると思います(笑)」。

人が集まり、手を動かし、笑い合いながら同じ時間を過ごす。古賀さんが未来へ残したいのは、そんな時間や、人と人がつながる風景そのものなのだろう。
その想いを一つの言葉にしたのが、古賀さんの掲げる理念だ。

“美しい地球と日本の素晴らしい食文化を未来の子どもたちへ”

大人って楽しいよって伝えたい

屋号を「akanemiso」とローマ字で表記したのにも理由がある。

「いつか海外の方にも食べてもらえたらと思って。Koji、Misoって、そのままでも通じるんですよね」。

海外へ挑戦したいという思いの背景には、高校3年生になる息子さんの存在もある。

「大人って楽しそうっていう姿を見せたいんですよね。人生って楽しいことばかりじゃないし、悲しんだり辛い時もあるけど、大人も挑戦したり勉強したりする。そしてよく笑う。『お母さん、人生楽しんでるな』って姿を全部見せたいんです」。

そして、「akanemiso」という名前に、もう一つの意味を重ねてくれた人がいた。

「『茜っていう名前は、本当にいい名前だね。夕焼けの茜色を見ると、みんなホッとするでしょう。古賀ちゃんも、そんなものを作れる人になるよ』って」。


取材の翌朝、「いただきます」と手を合わせたその瞬間、古賀さんの言葉がふと頭をよぎった。

みんなの手仕事のおかげですね」。

この食事も、誰かの手仕事の先にある。いつもと同じ朝なのに、見えている景色は少し違っていた。

【akanemiso 古賀茜】
akanemiso:https://www.instagram.com/akanemiso/
Miunkaミウンカ(ガラスボタン):https://www.instagram.com/miunka_glass_button/
DAME NATURE:https://damenature.jp/

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この記事の執筆者

小学生ぶりに編み物に挑戦中。
毎日ちまちま編んでいます。

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akanemiso古賀茜
Instagram

福岡を拠点に、味噌や麹の製造・販売、味噌作りワークショップ、料理教室などを行う。


麹や食材のことを「この子たち」と呼ぶほどの愛情家。
マルシェでは友人から、「(麹や味噌を)可愛いって思ってるのが、背中から出てたよ」と言われたことも。


弟さんは、今泉にあるスイーツ店「Ni to Ni(ニトニ)」を営んでいる。
店頭には、味噌や麹を使ったスイーツも並ぶ。
姉弟それぞれの形で、食に関わっている。


今回の取材場所は、福岡市西区小戸の住宅街にある『DAME NATURE』さん。
変わり種の味噌や、塩麹・醤油麹などはここで作っており、味噌汁スタンドと味噌の量り売りなども始めた。
古賀さんが店頭に立つ日は、Instagramを要チェック。

イベント一覧
【開催終了】はかりーなマルシェ

米麹・玄米・島原産玉ねぎの量り売りイベントです。
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日時|2026年6月28日(日)
時間|11:00〜15:00
場所|酵素玄米おむすび心玄(福岡市中央区平尾4-4-2)

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