テーマは“共存” 毎日場所が変わる店『名もなきサンドイッチ屋』

お客さんに、会いに行く
上質なパンに色とりどりの具材がぎっしり重なったサンドイッチの断面。食欲をそそる食材の組合わせに、つい注文を迷ってしまうこのお店の名前は『名もなきサンドイッチ屋』。
福岡県内の様々な店舗やイベントに出店する移動販売のスタイルで、仕入れから販売までのほとんどをご店主が一人でおこなっている。そんな名もなきサンドイッチ屋の肩書は『会いに行くサンドイッチ屋』だ。
「うちはいつもお客様に会いに来てもらっているけど、行くエリアごとに『あの常連のお客様来てくれるかな。好きだったメニューを仕込んでおこうかな』って考えたりして。僕もお客様に会いに行っているような気持ちでいます」
そう笑顔で話すご店主の鐘ヶ江昂さんにお話を聞いていく。
思いつきからはじまったサンドイッチ作り

材料の仕入れ、仕込み、製造、販売をほぼ一人でされている鐘ヶ江さんだが、昔からサンドイッチ屋をしたいと思っていたわけではない。むしろ飲食とは異なる業種の仕事をしていたそう。
「たまたま仕事で熊本に行ったときに、ご夫婦で営まれている有名なサンドイッチ屋さんがあることを知って。それが仕事をしてる時に、ふと降りてきたんです。今思えば、偶然思い浮かんで本当に良かったですよね(笑)」
そこから独学でサンドイッチを学び始めた。果物の切り方から味付けなどを本や動画で学び、味見は家族やお客さんにお願いしながら常に変化を続けてきた。
「どの位置に何があったら食べたときにどう感じるかっていうのを、逆算して考えています。もともと料理をしていた訳ではないので、万人が美味しいと思えるものを作るというよりは、家では面倒で作らないものをうちが作ってみて、それで興味を持ってもらえたらなと思ってます」
出店先や季節に合わせて毎回新しいメニューを考える鐘ヶ江さん。お店を始めて約3年が経った今も、より美味しく楽しんでもらえるサンドイッチを追及し続けている。
売るのは、サンドイッチと自分

移動販売というスタイルには、出店させてくれる店舗の存在が欠かせない。異なる業種の仕事をしてきた鐘ヶ江さんには、当初カフェや喫茶店を営む知り合いも居なかったそう。
「サンドイッチ屋を始めた最初の頃、2店舗だけ最初から出店させてくれる場所がありました。その出店先さんのおかげで他の店舗の方と繋がりができたり、お客様がSNSで発信してくれたり。本当に有難いことに、周りの人のおかげで『うちにも出してみる?』って声をかけてもらえることが増えていったんです」
また周囲の方の協力に加え、自身でもその日作ったサンドイッチを持って、様々なお店に出店依頼をおこなってきたという。
「『自分を商品として売り込むなら』って考えて話をしに行ってました。まず自分を知ってもらわないといけないので、僕は子供が4人いて、飲食は未経験で…とか。お客様にサンドイッチを売るときもお客様が求める情報を的確に伝えるために、まず自分から質問してみるとか。出店先さんにもお客様にも、サンドイッチと自分を販売するようなイメージでいます」
『人のために』が自分を動かす

福岡市内から始まり、今では市外まで出店エリアを増やしてきた名もなきサンドイッチ屋。ご家族や周囲の方に支えられ、あらゆる業務を一人でこなす鐘ヶ江さんにとって、『誰かのために』という想いが一番の機動力になっているそうだ。
「新メニューを考え続けるのも、お客様が喜んでくれるからです。一人でも求めてくれる人がいるから継続できる。うちを出店させてくれる店舗にとっても、うちが外に立ってることで目を引いたり、立ち止まってくれたりして、もしかしたらそのタイミングでお店に入ってくれるかもしれない。そんなきっかけになりたいなと思ってます」
お客さんだけでなく、出店先や周辺のカフェとも良い循環を生み出していきたいという想いが強く伝わる。
「自分のところが売れることだけ考えていると続かないと思います。福岡ってお店同士の支え合いがすごく強いんです。そういう温かいコミュニティのおかげで僕も活動できているので、うちができる恩返しはサンドイッチを売りに行くことではなく、そこに人を引き付けられることだろうなって。出店先さんの売上に繋げることができればお互いに嬉しいですし。うちのベースは“共存”していくことです」
移ろうサンドイッチ屋のブレない軸

「自分の店の利益だけではなく、周囲の店舗とお互いに良い関係を築きながら『共存』していくことを大切な軸にしている鐘ヶ江さん。だからこそ、出店スタイルはキッチンカーではなく、その場で机を広げて商品を並べるかたちが一番しっくりくるという。
「今後の目標は、イベント出店したときなんかに『名もなきサンドイッチ屋が来るなら人が沢山集まるね』って言われるくらいまでもっていくことですね」
お客さんはどんなものを食べたいだろうか、何のために活動するのか、誠実に向き合ってきた彼だからこその、想いが詰まった目標だ。
「何かやりたいと思ったときって、一番力があると思うんです。体力や勢いがあるから、問題が起きても突破できる。ただ、その最初のパワーを保ち続けることが難しいので、始める時に迷うくらいなら僕はやらないです。逆に覚悟を決めてしまえば無駄なことを考えなくて良いし、関わる人たちにも失礼じゃないと思います」
様々な場所に行き、その先の人と関わり、時々に合わせてサンドイッチを仕込む。日々変化する名もなきサンドイッチ屋だが、その根底にある想いや覚悟はずっと変わらないもののように感じた。