祈り、光への敬意。『写光石』 アーティスト・塩井一孝

「ある日、宗像の海を散歩していた時に海の光がすごく綺麗に見えたんです。その時、この光そのものを家に持って帰りたいなと思って」

福岡県・宗像市を拠点にアーティストとして活動する塩井一孝(しおい・かずたか)さん。塩井さんの代名詞でもある『写光石(しゃこうせき)』は、近年世界からも注目を浴びている。

これから益々の活躍が期待される塩井さんに、今回お話を伺ってきた。

光に触れる『写光石』

『写光石』とは、石に写真を貼りつけてつくる作品。

制作過程を大まかに説明すると、写真を和紙に印刷し、色が沈まないような加工をした石にそれを水で濡らしながら貼り、全体をコーティングする。これは塩井さんがあらゆる方法を模索しながら確立した独自の技法だ。

公式HP/WORKS/SHA-KO-SEKI https://www.kazutaka-shioi.com/sha-ko-seki

note/個展レポート(みぞえ画廊 福岡店,2023)https://note.com/kazutaka_shioi/n/n90f7ad2d7c35

写光石で塩井さんが試みたことは“光に触れる感覚・体験”をつくること。

写真とは、カメラで光を受け取って現れるものであるから、写真=光と捉えることができると考え、塩井さんは写真を光と再定義した。写真を光と再定義することで、相互的にどこで・いつ採集した光なのかを記録することも可能に。

「海の光がとても綺麗だったので、これを触りたいというか家に持って帰りたいというのが最初の着想でした。“光を立体に”と考え、その適切な支持体は何かと探したときに最終的に石に辿り着きました。その前に流木などでも試してみたけど、木だと“木”という形が目立つので、どうしてもそれを見た時の印象が木に引っ張られて純粋な光の表現とは違うなと感じて。でも、石だと抽象的。だから光が立体になった時に自然な形だなと直感しました。それに石だとしっかりと重い。光という重力のないものに重力が与えられることで光に価値がある、とより感じられるのではないかと思っています」

見えない・質量のない“光”に、“石”という支持体を与えることで、この世界に見事に具現化させた塩井さん。それはまるで、岩を依代(よりしろ)とし神々がこの世界に降りてくる過程に似ているような気がした。

大事にし続けた、自分の気持ち

元々美術が好きだったが、高校進学の際は『作家は食べていけない』という固定観念や周囲からの意見もあり、普通科に進んだ塩井さん。

しかし、やはり美術をやりたいという気持ちを抑えることができず、大学は福岡教育大学の美術専攻に進学。この時に鉄彫刻の師と出会い、師事する。

卒業後は鉄を扱う会社に就職し、いわゆる職人としての道を歩み始めた。

「職人としての仕事は、与えられた図面をその通りに正確につくることが求められます。でもやっぱり、0から1の創作がどうしてもしたくて職人時代も仕事が終わった後に会社の設備を借りて自分の創作活動を続けていました。そんな二足の草鞋を履いた状態が続いていたので、葛藤がありましたね」

塩井さんが作家への道を本気で視野に入れ始めた一番の転換点が、鉄を教えてくれた大学時代の恩師とともに参加したドイツでのグループ展だという。

「ドイツのハンブルグで鉄の師匠である大学の恩師と数人のOBで展覧会をやることになりました。作品を並べる前は自分には鉄のスキルもあるし、評価されるだろうと思っていたのですが、蓋を開けたら全然評価されなくて。そして恩師の作品と自分の作品が同じ土俵に立った時に、今までずっと恩師の背中を見てやってきたけど、このままじゃダメだなと思ったんです。このままだとずっとこのままだなと。それと、ドイツ滞在中にいろんな美術館を見て回ったのですが、そこで自分の今の作品じゃ勝てないなとも痛感しました。内心、ドイツに行く前はこの展覧会を機に作家へ転向しようと思っていたのに、全く評価されず加えて恩師との力の差を実感して焦燥感を感じました。でもこの出来事がきっかけで今までとは別のアプローチで何か行動を起こさなければと強く思いましたね」

悩み続けたからこそ、見えた光

ドイツでの展覧会を終え、焦燥感を抱えたままこれからについて模索を始めた塩井さん。いくつかの道を考える中で、“写真が好きだから本格的にやってみようかな”と思いつき、写真教室に通い始めたという。

“立体(鉄)をやっていた自分だからこそできる写真表現とは何か”を考えながら、近所の宗像の海を散歩していた時に、運命の瞬間が訪れた。

春のよく晴れた日に、やさしく海を包み込む太陽の光。その光を反射して、美しく輝く透き通ったエメラルドグリーンの海。その光景を見た瞬間に『この光そのもので作品をつくりたい』と強く思い、試行錯誤の末『写光石』が誕生した。

「写光石は光そのものを形にしたものなので、自分の感情は切り離しています。逆に、今まで創作の方向性に悩んでいたのは、そういった“感情を表現したい”という欲求がそもそもなかったからだと写光石に辿り着いて気づきました。昔から“内から沸き起こってくる人間の情熱”とかが僕にはあまりなくて。そういった“表現の欲求”はないけど、つくるのは好きだし、言われたことをやるのは嫌だし(笑)。僕は自然そのものが美しいと思っているので、それを自分のフィルターを通してプロダクトにする、くらいの感覚で今は作品をつくっています。なので、アートというよりもプロダクトデザインに近いかもしれません。僕は何らかの機能性があるものを生み出したい。例えば、人を癒す機能や特定の場所の空気感を連れてくる機能とか。だから僕の作品は機能を発現させる、いわゆる“装置”なんですよね」

寿命を超えて、残るもの

宗像大社/辺津宮 祈願殿に奉納されている写光石作品。どなたでも見ることが出来ます。

自然そのものの美しさを、そのままに具現化し、多くの人に伝える塩井さん。そんな塩井さんが今後作家として目指す道はどのようなものなのだろうか。

「『写光石』を文化として、僕が死んだ後もこの地球上に残すことができたらいいなと思っています。自分の寿命を超えて影響力のある存在にいかになるか、それが僕の作家としての仕事かなと。それはもちろん単に技法を残すということではなくて、想いやコンセプトがしっかりと伝わり続けるということです。300年後の世界で『これなんなの?』から始まって『実は光を石に写した日本人が大昔に居てね…』と語られるような、そんな存在になれればと思っています。宗像大社に奉納した僕の作品も退色していずれ白くなると思うんです。でも、そういう人が居たということが大事で、それが後世の人たちに影響を与えるのではと思っています。なので、僕がやっているワークショップは写光石を伝統工芸にするためのものでもあります。写光石に興味がある人にどんどんやって欲しい。だから小さめの写光石は“プロジェクト”としてやりたいなと思っています。海沿いにアトリエをつくって、地元のお母さんたちが子供の面倒を見ながら写光石をつくるとか、そんな風に発展していけばいいなと考えています」

自然のあるがままの美しさをクリアに具現化し、世の中に届けるための道筋を細部まで練り上げる塩井さん。

自然への絶えぬ敬意と人間としての役割を全うするその姿。それは、私たち現代人が忘れかけていた戻るべき場所を示唆するもののように感じた。

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ninatte事務所

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写光石 アーティスト塩井一孝

福岡県宗像市

立体的な写真作品である『写光石』を手掛け、見えない・質量のない“光”に、“石”という支持体を与える。

イベント一覧
塩井 一孝 展「偶然のランドスケープ」

写光石アーティストの塩井一孝さんの個展が開催中です!
2025年10月4日(土)~10月19日(日)
10:00-18:00
みぞえ画廊 福岡店

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