「想いを音にのせて 自分を奏でる」三味線奏者 安田勝竜さん

ベン
静寂の中に響き渡る三味線の音。
弦を弾くバチの力強さ、振動と余韻・・・。
たった一音で体が目覚め、引き込まれていく。
聴き慣れているわけではないのに、なぜか耳に馴染む音。
魂が震えるような、それでいて、落ち着くような、不思議な音。
三味線の音色を聴くと、なんとも言葉にしがたい感情が湧いてきます。
流れるような手さばきと、力強くも繊細な音色。気迫に満ちた演奏で客席を魅了するのは、三味線奏者の安田勝竜さん。
「勝竜さんにとって三味線とは?」
幼いころから三味線を手にしてきた勝竜さんは、どのような人生を歩んできたのでしょう。
胸に抱く想いや、これからの生き方について、話を伺いました。
自分と向き合い生み出す世界観

現在、劇場やライブハウス、イベントなど様々なステージで演奏活動を行っている勝竜さん。
三味線奏者として活動をするなかで、まず大事にしていることをお聞きしました。
「舞台に立つときは、『いかに自分を表現できるか』ということを強く意識しています。ただ三味線を演奏するだけなら、私でなくほかの三味線奏者でも良いはずです。
そうではなく、『安田勝竜に居てほしい』『この人にまた会いたい』と思ってもらえる存在になるにはどうしたらいいか、表現の形を常に模索しています」
「その舞台に自分が居る」ことは、ほかの誰にもできないこと。
そう話す勝竜さんからは、独自の世界観を追求するこだわりが感じられます。
「三味線の演奏技術はもちろんですが、+αの部分にも重きをおいています。それは、舞台と客席、そしてその空間全体をプロデュースして、『自分に付加価値をつける』ことです。
私は、自分の演奏を聞いてもらいたいというより、『自分という存在を感じてもらいたい』と思っています。
私が放つエネルギーみたいなものがお客さんに伝わって、良い時間を共有できたら嬉しいですね」
確固たる世界観を築き上げているように感じられる勝竜さんですが、常に葛藤や苦難も付きまとうといいます。
「自分を表現して、自分の世界観をつくるためには、本質的な自分を知らなければいけない。三味線奏者という商品は、自分自身なわけですから。
自分の深いところまでとことん向き合って、本質を探っていくという作業は、そう簡単に答えが出るものではありません。ときに苦しさも味わいながら、日々幾度も繰り返し、一生続けていくことです。
でも、舞台ではないこういう地道な作業を重ねるからこそ、表現や世界観に深みが出てくるのだと思っています」
三味線に込められた想いが、凛とした姿・音・空気感をつくる。
勝竜さんのステージに心が震えるのは、まさに「エネルギー」が自ずと伝わってくるからなのでしょう。
自分を生きる人生に

「三味線奏者として自分の存在を感じてもらいたい」
勝竜さんがそう思うようになったきっかけはあるのでしょうか。
幼少期の勝竜さんにとって、三味線は「生活の一部」のような存在だったそう。
「祖母が民謡会主だったこともあり、当たり前のように民謡や三味線にふれていました。
最初は人前に出ることが恥ずかしかったのですが、次第に心地よく感じるようになりましたね。自分の歌や演奏でお客さんから拍手をもらえることは、子供ながらにやっぱり嬉しかったです。
三味線は自分の意思ではなく自然な流れで手に取ったので、”始めた”という記憶がありません。なので、始めていないものを”辞める”という選択肢が思いつかず、ずっと続けていましたね」
幼いころから長きにわたって三味線に親しんできた勝竜さんでしたが、進学や就職などを経て、次第に手に取る機会が減っていったといいます。
「特に就職してからは、ほどんど三味線を弾いていなかったと思います。働き始めた当初は、社会というものに馴染もうと必死でした。でも、うまくいかなかった。
『自分は何をしているんだろう、本当は何がしたいんだろう』と、壁にぶつかっていましたね。
このとき『自分はこれからどう生きていきたいのか』ということに、初めて真剣に向き合ったんです」
「当時、自分のこれまでの人生を振り返ってみたら『自分の意志で覚悟をもって始めたことが何ひとつない』ことに気づきました。三味線もそう。そういう環境だったから、何となく続けていただけ。
そのうえ、『家がこんな環境じゃなかったら・・・』とか、自分の不甲斐なさを人のせいにしていました。それに気づいたとき、『それは違う。そんな情けない人生にしたくない』と強く思ったんです」
勝竜さんが自らの意志で「三味線と生きていく」と覚悟を決めた瞬間でした。
「三味線を仕事にして、『言い訳をしない・環境に流されない生き方をする』と決心しました。
何事も自分で選択して、『自分を生きる人生にしよう』と」

これまでとは全く違う気持ちで、改めて三味線を手にとった勝竜さん。
人生をかけた決断の裏には、並々ならぬ努力があったに違いありません。
「正直、これまでの演奏は基礎がなっていなかったですし、それをごまかして弾いている部分もありました。
でも、三味線で生きると決めたことで、『まずは自分が下手であることに向き合おう』と思ったんです」
そこで、勝竜さんはいろいろな三味線の会に自ら足を運び、師に演奏を披露し意見を求めたのだそう。
「会には入らず意見を乞うというのは、当時ではあり得ないことだったと思います。恥や失礼を承知のうえで、とにかく行動しなければという気持ちでした。今までの自分だったら、勇気が無くてできなかったでしょうね」
「演奏も、下手と言われることは分かっていましたが、実際に言われるととても悔しかった。
『あのときもっと良い先生をつけてくれていたら・・・』と、また人のせいにしている自分がいました。
そんなことがある度に、自分の決心を思い出し、逃げずに自分と向き合い続けました」
自身の実力を受け止め、ほかの人の良いところを取り入れる。
勝竜さんが覚悟をもって行動し続けたことで、次第に基礎が身に付き腕が磨かれていきます。
それでも、人前で演奏することへの恐怖心はぬぐえなかったといいます。
「技術面でもまだまだ自信が持てないところがありましたし、間違えないで弾くことばかりに気を取られていました。
それに、舞台に上がってただ曲の説明をして演奏する。お客さんも頷くだけ・・・。という状況がすごく苦しくて。
『これでお客さんは本当に楽しめているのだろうか』と、ふと疑問に思ったんですよね」
そこで意識して取り入れ始めたのが「トーク」でした。

「自分の苦しさを紛らわすために、せざるを得ない形で始めた部分もあります。
でも、結果的にお客さんもリラックスできて、場の空気が和やかになったんですよね。
技術面に固執しがちでしたが、こんなふうに『その時間と空間すべてをトータルで良いものにしていく』ことが大事なんじゃないか、と考えるようになりました」
先日のライブでも、こんな一幕がありました。
張り詰めた空気のなか、流れるような旋律を奏でる勝竜さんに、自然と湧き上がる拍手・・・と思いきや、手を止め「いま拍手をいただくようなことは何もしておりません」とひと言。
客席からは笑いがおこり、緊張感がほどけ和やかな雰囲気に。
そんなやり取りが織り交ぜられたステージを観ていると、三味線への親しみやすさがぐっと増し、「また聴きたい」という気持ちが湧いてきました。
「三味線に限らず、和楽器を演奏するということは、古くからの風習や受け継がれてきた伝統に倣うことが良しとされる場面もあります。
それを変えるような大それたことをしたいわけではなくて、そこに自分らしい+αができたら良いなと思うんです。例えば、自分で曲を作って自分の想いを伝える演奏をしたり、既存の曲をアレンジしたり。
その+αで、自分が満足できる・かっこいいねと思えるステージにしていこうと、改めて思いましたね」
こうして、「安田勝竜らしい世界観」はますます洗練されていきます。
自然な流れで人脈や仕事の幅も広がり、和楽器に限らずピアノやヴァイオリンなど、さまざまな楽器とセッションを行う現在のスタイルも確立されていきました。
「正直、『三味線が弾ける』というだけで”すごい”と言っていただけることも多いんです。駆け出しのころは、それに満足してしまっている自分もいました。
でも、そこに留まっていたらなんの成長もないし、ただの飾り物で終わってしまう。飾り物にすらならないかもしれないですね。
だから今は、些細なことでも『成長できるタイミングを逃したくない』という気持ちで向き合うようにしています。同じ行動でも『どう考えたか』で成長の差が大きく出ると思うんです」
自分のために、やりたいからやる

どこまでもまっすぐに、三味線とともに生きる道を見据えている勝竜さん。
これから歩む人生について、どのような未来を描いているのでしょうか。
「三味線を通して自分を磨き成長していくこと。そしてそれを一生続けていくこと。この先の展望はこれに尽きます」
「自分を磨くためには、自分ととことん向き合うことが必要です。
自分の性格や好き嫌いなどといったことを知るのはもちろんですが、物事に対してどう考えてどう行動したか、という深いところまで掘り下げる。
更にそれを体現・・・自分にとってプラスの影響をもたらすところまで落とし込む。これが大事ですね」
勝竜さんにとってこれこそが「一番大切な仕事」なのだそう。
「舞台で演奏してお客さんが楽しんでくれる時間は、私にとってこの上ないご褒美のようなものです。
お客さんからしたら、私が演奏を披露している時間が『三味線奏者としての仕事』と見えるでしょう。でも、私としては『自分ととことん向き合っている時間』の方が、仕事という感覚なんです。もっとも重要で労力のかかる作業ですからね。
三味線を手にしていると、集中して自分と向き合えるんです。習慣が体にしみついているんでしょうね」
人のせいにせず自分の意思で道を選ぶ人生。
そう心に決めてから、揺るがない想いで三味線を手にしている勝竜さん。
「三味線は自分のためにやっている」と断言する姿からも、意思の強さが伝わってきます。
「私は、自分がしたいから三味線を演奏しています。
自分を生きると決めたとき、『自分のやりたいことを思い切りやってみよう』と思ったんです。
自分の成長や人生のために、勇気をもって一歩踏み出し経験したことは、間違いなく自分の財産になる。それが人間としての深みをつくっていくんじゃないでしょうか」
「究極、三味線を演奏しようがしまいが、人に良い影響を与えられる人間になれたら、これに優る喜びはありませんね」
ほかの誰でもない自分の人生を、自分のために生きる。
強い信念をもって行動し続ける勝竜さんの姿に心が動かされます。
勝竜さんが奏でる三味線は、これからも多くの人の魂に響きつづけることでしょう。
出演のご依頼や活動情報はこちらから
勝竜さんは現在、演奏活動の傍ら三味線教室の講師も務めています。レッスンにご興味のある方は、こちらからお問い合わせください。
この記事の執筆者

ふみのて
福島県会津若松市出身。「モノ ・ コト ・ ヒト」を伝えて繋げるライター。