かけがえのない時と記憶、そしていのちをつなぐ場所、 作らない彫刻家 「テノ森」 細井 護

取材の帰りに、ふと ある情景が浮かんできた。
25才で天にのぼった筆者の兄。
その兄が小学生のころにつくった、小さなイス。
天板に彫られた狼が、居間の隅でやさしく牙を見せる。
兄が亡くなって30年。
年老いた母は、いつも必ず狼のイスに腰掛ける。
数年前に筆者が贈った、リクライニングチェアには、山積みの雑誌が置かれたままで。
何を作るのか、どうやってつくるのか、
考えて、考えて、そして導かれた道

“光の道”で知られる宮地嶽神社。その光の先に広がる福津市津屋崎の海。
海岸沿いを北に向かった先に、津屋崎干潟が見えてくる。
福津三六景のひとつ、美しい風景と多くの希少な生き物が暮らすこの干潟の脇道に、
木工房 “テノ森” はある。
ほどよく手入れされた緑と、きれいに刈られた芝の先。
扉を開くと、“テノ森”のオーナー 細井 護さんが明るく出迎えてくれた。
函館に生まれ、北海道の教育大学 美術学科を卒業した細井さんは、
しばらく廃校になった小学校のアトリエで彫刻活動を行っていたのだそう。
「それからアラスカに渡って半年間テントを張って生活したり、海外を歩きまわりながら、
これから何を作るのか、どうやって作っていくのか、ずっと考えていましたね」

答えのないまま、ネパールでのボランティア活動に参加した細井さん。
そこで見た貧困地の現実に、自身の進むべき道がかすかに浮かぶ。
「ものが溢れている現代の裏側には、労働者の不幸な現実があります。
できるだけ安く作り利益を得たい、できるだけ安く買いたいという社会の中で、
消費するだけでは、ものに心が宿ることはないんです」
彫刻家として自分にできること、ものづくりを通じて伝えられることを考え続けた細井さん。
教員資格を持つ自身が、それを学校教育の中で教えるのか、社会教育の中で伝えるのか。
選択した道で、この思いをカタチにしたのが、木工房 “テノ森” だった。
ものをつくる ”時” の中にあるもの、
その先に生まれる心を、もう一度見つける体験の場に

「僕自身は作らずに、来た人につくる時間を再発見する機会をつくりたいって思ったんです。
ものづくりを教える場ではなくて、心の奥に残る体験をつくる場所として」
こうして生まれた “テノ森” 。
たくさんの受講生がこの工房でものづくりを体験し、大学や専門学校の生徒さんとも木工を通じた
多くの時間を共有しながら、今年で11回目の秋を迎える。
「これまでテノ森をやってきて、僕自身 彫刻家として、作品をつくることと、作品づくりを手伝うこと、どちらも心象風景が生まれるという点では違いはないって感じるんです。
このことに気がついて初めて、これが社会を彫刻することなのかもしれないと思いました。
どちらもつくる作品が大事なのではなくて、もの(完成品)を得ることだけが満足でもないはず。
大切なのは、美しい自然の奥に秘められたものと、(アートやクリエイティブな行動を通して)自分の心の奥にあるものがつながることなのだと」

11年の時の中で何度か刷りなおされた “テノ森” のパンフレットには、末期がんを患うお母さんと、その家族(にしはまさんファミリー)のすごした時間が写る。
残された家族の時間、みんなでひとつのテーブルをつくる風景。
余命5ヶ月。
天国へ贈るアルバムの最後のページには、笑顔があふれる。
「そこにはすごくいい時間が流れていて、いつかこの子供たちが食卓を囲むときに、
家族みんなの心象風景が映る。
そんな記憶を植えつけていく時間を、ここですごして欲しいんです」
(以下、「にしはまさん家のちゃぶ台づくり」より写真引用)

写真掲載の許可をいただいた「にしはまさん家のちゃぶ台づくり」風景①

「にしはまさん家のちゃぶ台づくり」より②

「にしはまさん家のちゃぶ台づくり」より③

「にしはまさん家のちゃぶ台づくり」より④
家具だけではなく、食器や雑貨・衣料品、暮らしの中に手作りしたものがどれだけあるのだろう。
どれも安価に、見た目に美しいものを手にすることが可能な社会。
大切な人と作るよろこびを共有する、そんな時間がどのくらいあっただろうか。
過剰なものの豊かさは、知らず知らずのうちに、心と心のつながりを希薄にしているのかもしれない。
思いを共感しあえる人たちと、
心と心のつながりをひろげていく

現在、テノ森のスタッフは細井さんおひとり。
でも、この町には思いを共感できる人たちがたくさんいる。
「いつかゴミになるものは作りたくない」という思いから、テノ森の工房を間借りし、創作を続ける家具職人。
まちの文化や風土を継承し、暮らしの楽しみ方まで提案する地域創生家。
学生やまちおこし団体の方、建築家に芸術家。
講習受講者の中から生まれた多くのつながり。
細井さんの思い、テノ森の取り組みは、少しずつ共感の輪を広げて、新たな情熱を育てていく。
その情熱はひとつになって、大きなプロジェクトも生まれる。

「ものづくり体験を通じて、自然と人を大切にすること。世界を持続可能にする知恵を育むこと」
これがプロジェクトの目的なのだそう。
壮大な展望に思えるが、私たちひとりひとりが気づき、いのちのめぐりを自らの手で感じ、心を通わせれば案外簡単で、自然の中ではあたりまえのこと。
この、あたりまえのことが変えられ、忘れられていく。
世界のこと、この国のこと、地域のことさえ振りかえることなく、暮らしの枠を狭めていく。
そして、いつしか 自然とつながるきっかけさえも忘れてしまうのかもしれない。

だから、細井さんは考え続け、歩み続け、ものづくりを通じて伝え続ける。
自然のいのちに、自分たちの手で、かけがえのない記憶を吹きこむことの大切さを。
作らない彫刻家は、交わるたくさんの人の心、ものの中に、
忘れかけていた慈しみの光を刻んでいく。
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テノ森
〒811-3304 福岡県福津市津屋崎5丁目45−10
ホームページ: https://www.tenomori.jp/
いのちの物語: https://inochi.works/
推進プロジェクト(クラウドファンディング For Goodさんにて):https://for-good.net/
※テノ森 クラウドファンディングの情報は、プロジェクト実施期間などにより、
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この記事の執筆者

tune
銭湯 梅の湯(跡)の番台さん
福岡県福津市津屋崎。
木工房 「テノ森」 オーナー 。
「良いモノづくりの旅を」テノ森 木工講習会
創りての歩みで取材した細井さんが開かれている「みんなの木工房 テノ森」。 テノ森さんでは、家具やおもちゃ、カトラリーなどを自分の手で作ることができる木工講習会が一年を通して開催されています。 私たち『ninatte九州』 […]